靖国神社清掃奉仕へのすゝめ

靖国神社清掃奉仕 毎月第2日曜日、午前10時
志のある者は参加してみてはどうだろう。 如何なる性別、如何なる民族を問わず、私たちは大きく門戸を開いている

靖国神社

靖国神社

「お前、靖国神社に行ったことがあるか?」
 きっかけは、兄と慕う先輩からの誘いだった。
 ただの参拝程度の軽い気持ちで出掛けた靖国神社で、私は初めて清掃奉仕と言うものを体験した。
 厳つい男達がコメ袋と長火鉢を手に、靖国神社を隅々まで歩き回り、空き缶やペットボトル、弁当の食いかすやタバコの吸殻を真剣な目で探し回っている。
 その姿に、私は言葉にはしずらい驚きと感動を覚えた。
 法務省の矯正施設を卒業し、今月で1年10ヶ月が過ぎた。
 私は重度の薬物依存者で、刑務所は6度の入退所を繰り返し、その通算は20年2月を数える。
 社会の滞在期間は2年を超えたことがない。
 ほとんどの場合、1年未満で逮捕状が周り2年以内で御用となるのがいつものパターンだ。
 だがしかし…今回はそのパターンから大きく外れている。
 真面目に働き、小説を創作し、例えいつも呑んだくれて居ようとも、社会人としての信用を失ってはいない。
 私を良く知る者は「奇跡」と言う言葉さえ用い、異常気象やコロナ禍の流行さえ私のせいだと言わんばかりだ。
 では…なぜ私がルーティンとも言えるいつもの自分の行動パターンにならないのか。
 その理由の一端に靖国神社の清掃奉仕が有る。
 靖国神社と聞くだけで「右の方ですか?」と言う質問を受ける。
 私は特に右寄りの人間だと意識した事はない。
 ただ「左側の人間では無い」と言う明白な意識が有るだけで、右翼活動や街宣活動に興味があるわけでも無い。
 その私が正論社の面々と月に一度集まりゴミを拾い、またある時は新年や終戦の式典に参加し、時間のある時には遊就館を見て周り、少しずつではあるが私の心の中に日本人としての誇りや自信、或いは日本人として生まれた事への感謝の思いが芽生え始めて居る。
 そしてまた、天皇陛下への感謝や尊敬の念が深まりつつある。
 人はそれを「右」と言うなら、今の私は少しだけ右に偏り始めているのかも知れない。
 世界一行儀が良いと称賛される日本人として生まれ、今まで当たり前に思っていた事が、遊就館を訪ねるたび当たり前では無い事が少しずつ理解できるようになった。
 もちろん個人によって感じる物は違うだろうが、先の大戦で失われた英霊達の家族へ送られた文章を読むたび、或いは展示された多くの品々を見るたび、私は今の自分を戒める何かを感じずにはいられない。
 例えば韓国という国の国民の多くに「火病(ファビョン・ファイヤーシンドローム)」と言う病が先天的に組み込まれて居るとするなら、我が日本民族には「おくゆかしさ」に相当するDNAが組み込まれて居るようにさえ思える。
 2020年、私は激動の年を迎えている。
 離散した家族と再会し、夢にまで見た小説家としてのデビューも果たした。
 現場で大怪我をし3ヶ月もの間仕事が出来なくなったことさえ、コロナによって仕事が激減した今、ラッキーだったと思える出来事だ。
 その全てを靖国神社の清掃奉仕による功徳と決めつけるのはあまりにも早計で滑稽だ。
 それでも、靖国神社を掃除する事で、やもすれば悪事を働きかねない私の精神バランスを保っている事は違いないだろう。
 毎月第2日曜日、午前10時
 志のある者は参加してみてはどうだろう。
 自分の居場所が無い・・・人との関わりに苦しんでいる・・・そんな若者が居るなら、尚のこと正論社の清掃奉仕の活動に参加されたい。
 コメ袋と長火鉢を持った厳つい男たちに気軽に声をかけて欲しい。
 如何なる性別、如何なる民族を問わず、私たちは大きく門戸を開き最高の笑顔で君を迎えるだろう。

 

浅川慎

靖国神社について

靖國神社は明治2年(1869)6月29日、明治天皇の思し召しによって建てられた招魂社が始まりです。
明治12年(1879)に「靖國神社」と改称されて今日に至っております。