神話の持つ意味

時有舍人。姓稗田、名阿禮。年是廿八。爲人聰明、度目誦口、拂耳勒心。即勅語阿禮、令誦習帝皇日繼、及先代舊辭。然運移世異、未行其事矣。~
於焉、惜舊辭之誤忤。正先紀之謬錯。以和銅四年九月十八日。詔臣安萬侶。撰録稗田阿禮所誦之勅語舊辭。以獻上者。謹隨詔旨。子細採摭。

神武天皇版画。月岡芳年作

神武天皇版画。月岡芳年作

古事記に書いてある神話は、稗田 阿礼(ひえだのあれ)が日本民族の古来の言い伝えを、覚えておいて伝えたものであります。それを書いて文字に直したのが「古事記」という記紀なのです。日本民族全体の理念または信念が、物語の形式に具象化したものが「古事記」であります。特にその神話は、歴史的事実というよりも、「民族の理想」が象徴的物語として「神話」の形で伝えられているのであります。

北面武士

※序文現代語訳
時に姓は稗田、名は阿禮、年は二十八になる舍人(とねり 宮中護衛)がお側に仕えていた。この人は聰明にして、一目見ただけで口に出して音読することができ、一度耳に聞いたことは記憶して忘れなかった。そこで(天武)天皇は阿礼に命令し、帝皇日継(すめらみことのひつぎ)及び先代旧辞(さきつのよのふること)を暗誦するように命じた。しかしながら天皇が崩御され事は行なわれなかった。~
(元明)天皇は帝紀の乱れを嘆き、多く虚偽が加えられた旧辞を真実の記述に正す為に、阿礼が習い覚えた天武の御言葉の旧辞を書き出して献上せよと仰せられ、仰せに従い詳細に採録した。

靖国神社について

靖國神社は明治2年(1869)6月29日、明治天皇の思し召しによって建てられた招魂社が始まりです。
明治12年(1879)に「靖國神社」と改称されて今日に至っております。