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本日一月七日は昭和天皇が87歳で崩御された日である。
我々正論社同士・同人は、武蔵陵墓地(東京都八王子市長房町)にある武藏野陵に参拝させて頂いた。
武蔵陵墓地は東日本に初めて造られた天皇陵であり、敷地内には大正天皇の多摩陵や昭和天皇の武蔵野陵のほか、貞明皇后の多摩東陵、香淳皇后の武蔵野東陵がある。
昭和天皇御祥月命日 武蔵野御陵参拝
昭和二十年、大東亜戦争終戦の後に詠まれた御製。
身はいかに なるともいくさ とどめけり ただたふれゆく 民をおもひて
爆撃に たふれゆく民の 上をおも いくさとめけり 身はいかならむとも
国がらを ただ守らんと いばら道 すすみゆくとも いくさとめけり
昭和天皇は敗戦時、ご自分の身を差し出す代わりに日本を守ろうとなさった。
戦後の御製でも
海の外の 陸に小島に のこる民の 上安かれと ただいのるなり
天皇の大御心は、常に民を慈しみ国民の安寧と繁栄を願われてこられた。
武蔵野陵で昭和天皇をしのぶ「昭和天皇祭」が行われ、武蔵野陵では、皇族代表として秋篠宮ご夫妻の長女、眞子さまが参列されました。
この地は、万葉集に詠まれた「多麻の横山」の故地である。
武蔵野陵(むさしののみささぎ)について
武藏野陵は、1989年(昭和64年)1月7日に崩御された昭和天皇の陵である。
武藏野陵は平成元年1月17日に陵所地鎮祭が行なわれ、造営が始まり、同年2月24日に斂葬の儀(大喪の礼)が行なわれた。造営中の陵所に埋葬され、同月27日に「武蔵野陵」と命名された。
なお、陵の命名に先立ち、昭和天皇の柩に添えられた陵誌(墓碑)には、礼宮文仁親王(後の秋篠宮文仁親王)の揮毫により「昭和天皇 武蔵野陵 昭和六十四年一月七日午前六時三十三分崩御 平成元年二月二十四日斂葬」と刻まれている。
また、この昭和天皇陵の造営により、墓地の名称が「武蔵陵墓地」と改称された。武藏野陵の場所は大正天皇陵の北東に位置しており、ほぼ南面している。
陵の形態は大正天皇陵などと同じく、上部2段・下部3段の上円下方墳であり、陵の形や拝所の構成などは一般拝所に段がないことを除けば大正天皇陵とほぼ同じであるが、大正天皇陵より上円部の丸みがなだらかになり、また一般拝所から墳丘がある段までの高さが低く、威圧感を減らす試みがなされている。毎年1月7日に陵および皇居宮中三殿で昭和天皇祭が行われている。当日には陵所に幔幕が巡らされ、皇族拝所に仮屋が設置されて祭祀が行なわれている。
多摩東陵(たまのひがしのみささぎ)について
多摩東陵は、1951年(昭和26年)5月17日に崩御された貞明皇后の陵である。
1951年(昭和26年)5月17日に崩御された貞明皇后は、6月22日に斂葬の儀が行われ、陵所に埋葬された。
陵は大正天皇陵のほぼ東に位置し、そのため「多摩東陵」と命名されている。
陵の構成は一般拝所に段がないことを除けば、大正天皇陵とほぼ同じである。毎年5月17日には陵および皇居宮中三殿で貞明皇后例祭が行われている。
多摩陵(たまのみささぎ)について
多摩陵は1926年(大正15年)12月25日に崩御された大正天皇の陵である。
1926年(大正15年)12月25日に崩御した大正天皇は、翌1927年(昭和2年)2月7日に新宿御苑において斂葬の儀(葬場殿の儀、大葬)が行なわれ、翌8日に陵所に埋葬された。
陵墓は、前年10月に公布された皇室陵墓令に基づいて当時の東京府南多摩郡横山村から浅川村、元八王子村の御料地内に造営され、1月3日に日枝神社宮司による陵所地鎮祭が行われた。横山村の地が選ばれた理由は、地震を考慮して地盤が強いこと、万葉集に『赤駒を山野にはがし捕りかにて多麻の横山徒歩ゆか遣らむ』と詠まれたことなどによる。また墳丘の型式などは明治天皇の伏見桃山陵が参考にされた。
敷地内には数戸の農家や東照寺や長泉寺などの寺社、民間墓所などがあり、交渉をして移転が行われ、武蔵陵墓地および多摩陵が始まった。陵域の面積は2,500平方メートルあり、陵の形態は上部2段・下部3段の上円下方墳で南面している。
上円は直径15メートルで高さは10.5mあり、一番下部の段は一辺27mの正方形で多摩川の石が葺き石として用いられており、南面は前方部の形をとっているので前方後円墳のような形をしており、奈良県桜井市の舒明天皇陵(段ノ塚古墳)の形状に酷似している。鳥居を隔て陵の正面に皇族拝所があり、階段を下ったところには特別拝所がある。
特別拝所からさらに下ったところには一般拝所があり、皇族拝所と一般拝所には鳥居が設けられている。毎年12月25日には陵および皇居宮中三殿で大正天皇例祭が行なわれている。
多摩東陵(たまのひがしのみささぎ)について
多摩東陵は、1951年(昭和26年)5月17日に崩御された貞明皇后の陵である。
1951年(昭和26年)5月17日に崩御された貞明皇后は、6月22日に斂葬の儀が行われ、陵所に埋葬された。
陵は大正天皇陵のほぼ東に位置し、そのため「多摩東陵」と命名されている。
陵の構成は一般拝所に段がないことを除けば、大正天皇陵とほぼ同じである。毎年5月17日には陵および皇居宮中三殿で貞明皇后例祭が行われている。
御陵印について
武蔵野陵(昭和天皇陵)では第123代大正天皇(多摩陵)、第124代昭和天皇(武蔵野陵)の御陵印(寺社寺院でいわれる御朱印に該当する)をいただくことができる。
御陵印は多摩陵墓監区事務所に置いてあり、ご自身で押印することも可能であるだが、職員の方にお願いすれば押印していただける。
武蔵陵墓地へのアクセス
所在地
〒193-0824 東京都八王子市長房町1833
交通機関
電車
京王高尾駅・JR高尾駅から北口から徒歩約15分
バス
京王八王子駅・JR八王子駅北口から「館ヶ丘団地」行きバスで「御陵前」下車徒歩約15分