春日宮御宇天皇【追尊天皇】

春日宮御宇天皇【追尊天皇】光仁天皇御尊父

春日宮天皇陵

春日宮天皇陵

春日宮御宇天皇かすがのみやにあめのしたしろしめすすめらみこと御製 

鼫鼠むささび木末こぬれ求むと あしひきの

   山の猟夫さつをに あひにけるかも

霊亀2年8月11日(716年)に崩御 されました。

 

【御名・別称】志貴しき(施基)皇子のみこ田原たはら天皇
【陵所】春日宮天皇陵かすがのみやてんのうりょう田原西陵たはらのにしのみささぎ) 
誕生 不詳
薨去 霊亀2年8月11日(716年9月1日) 
天智天皇の第七皇子。第49代光仁天皇御尊父。
壬申の乱で、兄の第39代弘文天皇(大友皇子)は敗れ自害します。
皇統が叔父の天武天皇の系統に移りましたが、幼かった為か命を永らえましたが、 敗者側の皇子で更に母が貴族ではなく地方豪族の娘であった為に肩身の狭い不遇な御一生でしたが、万葉集を代表する歌人として叙景歌的な秀歌を多く残されました。