宇多天皇

宇多うだ天皇【第五十九代天皇】

第五十九代天皇、宇多法皇像 仁和寺蔵

第五十九代天皇、宇多法皇像

村上天皇御製 

水底に 春や来るらむ みよしのの 吉野の川に かはづ鳴くなり

承平元年7月19日(931年)に崩御 されました。

【御名・法名】定省さだみ・金剛覚
【陵所】大内山陵
世系37、即位20歳、在位10年、宝算64歳。
誕生 867年6月10日(貞観9年5月5日)
崩御 931年9月3日(承平元年7月19日)
光孝天皇の第七皇子。臣籍から皇籍復帰し皇位継承。
藤原摂関家氏長者である藤原基経を初の関白としたが、基経の死後は藤原氏の勢力を抑えて親政を行った。側近として支えていたのが、菅原道真。歴代天皇としてはじめて退位後に出家し「法皇」になられた。紀貫之や紀友則ら、多くの歌人が活躍する場を生み出した文化の理解者でもあった。善政で知られた御歴代の多くは宇多天皇の「寛平の治」を踏まえたものだと称されいる。

余談ではあるが、宇多帝の日本最古の飼い猫記録が載っているらしい。源氏物語の注釈書の一つ「河海抄」に「寛平御記(宇多天皇御記)」より引用したとある。