国賊・赤色朝日新聞を討て! 其の十

赤色支那のスピーカーとなった真の国賊「本多勝一」。
事実無根の虚報「南京大虐殺三十万人説」を流布し、我が国の誇りと国際信義を失墜させた大罪人である。

国賊朝日新聞社旗

国賊朝日新聞社旗

「朝日新聞のスター記者」であった本多勝一記者。
勝一は1967年、半年にわたりベトナム戦争をルポし、社会派報道記者の地位を確立。
文化大革命の最中、支那共産党から招待され渡中し、香港・広州・北京・瀋陽・上海・南京と支那共産党から貴賓待遇の扱いで案内を受け、毛沢東のプロパガンダの走狗に成り果てた。
案内されるがまま取材をし、裏付けもとらず嘘八百の日本軍不法行為を捏造し執筆したのが「中国の旅」なのでである。

1971年08月26日-11月26日~1971年11月04日 中国の旅記事

1971年08月26日-11月26日~1971年11月04日 中国の旅記事

フィクションの脚色は、より過激が良い。残虐で猟奇的なほど読者の興味を引ける。

「百人斬り競争」「万人抗(生き埋め)」「三光作戦(殺光 殺し尽くし・焼光 焼き尽くし・搶光 略奪し尽くす)」「強姦や輪姦は幼女から老女まで及んだ」、まるで下劣なB級映画である。そして記者の魂を売った男がクライマックスに用意したものが「ルポルタージュ南京大虐殺事件」であった。
ルポ形態の捏造記事は1971年6月から40回にわたり朝日紙上で「中国の旅」とし連載されたが、虚報と判ってからも赤色朝日新聞は未だに取り消しをしていない。

 

大墓公阿弖利爲の末裔

 

侵略された側の姿を赤裸に見ようとするなら、侵略された側の証言をまずもって聞くほかないのである。直接訪ね…直接聞きたい」勝一は文中でこう嘯いている。

勝一は新聞記者としての矜持を捨て何を得たのであろうか?

虚栄と欺瞞の名誉の中で生き、300冊以上の著書の中に「愛国者と売国奴 貧困なる精神A集」という本がある。内容は「社会通念や社会現象の斯瞞性、浮薄性を暴露する」とあるが読む気にもなれないので評論はしない。しかし、本気でこのタイトルを付けたとしたら狂っているとしか思えない。悔悟の本ならば少しは救われるのだが、それは望めないであろう・・・。

 

国賊・赤色朝日新聞を討て! 其の九  ソビエト・北朝鮮の次は、赤色支那の走狗となった恥知らずの国賊・赤色朝日
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靖国神社について

靖國神社は明治2年(1869)6月29日、明治天皇の思し召しによって建てられた招魂社が始まりです。
明治12年(1879)に「靖國神社」と改称されて今日に至っております。