午前8時15分にヒロシマ原爆の犠牲者を想う 民族慟哭の日

慈悲なき米帝国白人至上主義の人種差別者どもの悍ましき原子爆弾により、ヒロシマ十数万の無辜の民の尊き生命が奪われた。
無差別大量殺戮兵器により一瞬にして市街地は潰滅に帰し、ヒロシマは地獄絵さながらの街と化したのであった。

原爆ヒロシマ 原爆ドームを望む

原爆ヒロシマ 原爆ドームを望む

原爆投下、昭和20年(1945)8月6日午前8時15分
今年も午前8時15分にヒロシマの犠牲者を想い
1分間の黙祷を捧げた。

原爆ヒロシマ 爆心地 島病院

原爆ヒロシマ 爆心地 島病院

ルーズベルトという最悪のレイシストにより計画され、人類史に残る原爆投下という最大最悪の残虐行為が実行された。
ルーズベルトにとっては、アウシュビッツの虐殺は同じ血のユダヤ同胞の悲劇であり、許されざるの行為であったが、彼が目にする日本人とは、存在をそのものが許せない人間に近い亜人にしか映っていなかった。
その亜人が米国の権益を大きく侵し、仲間の黄色人種諸族までを独立開放させるなど言語道断の行為であった。
民間人も非戦闘員も関係なく虐殺する事も単なる鞭打つ仕置であり、当然の正義であると思っていた。
ルーズベルトが大東亜戦争で真に望んでいたのは日本民族の浄化であった。
我が民族は、この残虐なる屈辱の日を消して忘れてはいけない!

靖国神社について

靖國神社は明治2年(1869)6月29日、明治天皇の思し召しによって建てられた招魂社が始まりです。
明治12年(1879)に「靖國神社」と改称されて今日に至っております。