日本を愛するとは

自分の生命は父母にこれを受け、父母の生命は祖先にこれを受けた。その祖先がこの日本国を建てたのである。この日本国には祖先の生命が注がれている。

三保松原から望む富士山

三保松原から望む富士山

その日本国に私たちは生を受けたのである。祖先がなく、日本国がなかったならば、私たちはないのである。私たちの生命はそれゆえ、私たちの祖先の生命と切り離すことはできないし、日本国と切り離すこともできない。私たちは日本人であるほかはないのである。日本人にとって日本国は、自分の生命が現実的には肉体から切り離すことができないのと同じ程度に、切り離しがたき「魂の住む故郷」である。私たちには自分の肉体がたとえいかなる健康状態にあろうとも、自分自身を愛さずにいられないのと同じように、私たちは戦後の日本国がいかなる状態をしていようと、日本国を愛さずにはいられないのである。「いまの日本国の現状が愛するに値する有り様でないから日本国を愛することはできない」と言う人が往々あるけれど、「愛する」とは美しい間だけは可愛がって、みにくくなったら嫌いになるよう人間の「まこと」ではないのである。「愛する」とは、自分の妻が美しい間も、病んで醜くなっても愛することである。そしてその病を治して更に美しくしたいと意思し、努力する心である。

 

北面武士