長崎市への原子爆弾投下 

民族慟哭の日、長崎市への原子爆弾投下

長崎の鐘

長崎の鐘

 大東亜戦争末期の昭和20年8月9日。満州でソ連軍による火事場泥棒的侵攻で我が同胞が残額非道に殺戮され、強姦され、略奪され続けた。

 同時日にナガサキに鬼畜と化したアメリカはヒロシマに続きナガサキにも原子爆弾コー1945年8月9日 午前11時2分 ドネーム「ファットマン(Fat Man)」が投下され当時の長崎の人口は約24万人程で、原爆による死者は73,884人、重軽傷者74,909人であった。

 爆心地の近くには、原子爆弾が再びこの地球で炸裂しない事を祈り「長崎の鐘」が建立されている。そして、この鐘を鳴らし続けて恒久平和の確立を世界の人々に訴え続けている。 黙禱

 

靖国神社について

靖國神社は明治2年(1869)6月29日、明治天皇の思し召しによって建てられた招魂社が始まりです。
明治12年(1879)に「靖國神社」と改称されて今日に至っております。