竹島侵略の真実 拡散希望!

「第一大邦丸事件」をメディアは何故?隠す野であろうか?
何故?歴史教科書に記述されないのか?
隠された真実を、拡散しよう!

大韓民国 初代大統領 李承晩

大韓民国 初代大統領 李承晩

サンフランシスコ平和条約が1952年4月28日に発効する事を見越し、そのどさくさに紛れ、1月18日、韓国初代大統領・李承晩(イ・スンマン 이승만)は突如、日本海と東シナ海の公海上に海域線を設置すると「海洋主権宣言」した。

海洋境界線「李承晩ライン」なる国際法無視の暴挙でありアメリカも韓国政府に対し、李ラインを認めることができないと通告したが、韓国政府はこれを無視した。

韓国は島根県・竹島を一方的にライン内に取り込むと、島と周辺海域の実効支配に乗り出したのである。

 李承晩は、韓国建国の父であり、韓国の共産化を防いだ英雄であるという評価もあるが、その実体は残虐で権力に執着した王族意識(世宗の兄の譲寧大君末裔の両班)の強い、感情的な反日思想の男であった。

日韓合邦により両班の利権であった奴婢が解放されたことに強い恨みを抱いていたのである。李承晩の思想では、朝鮮半島の人も富も全ては旧両班(世襲特権階級)のものでなければならないという考えであったのだ。

両班制度 高麗・李氏朝鮮による千年続いた近世朝鮮王朝時代に続いた国を徹底的に腐らせた悪弊身分(支配的社会階層)制度。

 

韓国海軍は日韓基本条約が結ばれ李承晩ラインが廃止されるまでの13年間、国際法違反の自分勝手な境界線の主張に基づき日本の漁船328隻を拿捕し、漁師3929人を拘束、そのうち44人を死傷させた。

後に韓国政府は日本政府に対し、拘束されている日本人漁師釈放の代わりに日本の刑務所で常習的犯罪者あるいは重大犯罪者として収監されている韓国人受刑者の釈放を要求し、日本政府はその要求を受け入れ受刑者472人を釈放し永住許可を与えたのである。

 

韓国海軍による民間人殺害、および虐待事件のひとつであり、代表的な事件が第一大邦丸事件である。

国際条約で漁船が操業を許された漁区第284漁区海域

国際条約で漁船が操業を許された漁区第284漁区海域

昭和28年(1953)2月4日に公海上(済州島沖20マイルの国際条約で漁船が操業を許された水域第284漁区と思われる海域)で操業中であった福岡の漁船「第一大邦丸(57トン)」及び「第二大邦丸(57トン)」』が、韓国の漁船「第一昌運号」及び「第二昌運号」(各約55トン)を利用した韓国海軍によって銃撃、拿捕された。第一大邦丸漁労長であった瀬戸重次郎さん(34)が後頭部左側より銃撃をうけ重症を負い、拘束後に一切の治療も受ける事なく殺された事件である。

この事件の問題点の中で特に注意すべきは、民間船に対する無警告攻撃行為である。
無警戒な日本漁船に対して、韓国側は当初より明確な軍事行為目的を持っていた。

外務委員会連合審査会によると、韓国船2隻には乗組員各12名のほか、憲兵1、特務隊員1、情報隊員1、警邏4、5名が分乗していた。

拿捕後の取調べ時の虐待的取り扱い。食料を与えない医療行為を受けさせない、過剰な人口密度の牢屋(監禁室は約4畳の広さで、そこに18人が監禁)、ジュネーブ条約違反の疑いは払拭できない。

 

もう一つが沖縄の第三清徳丸事件である。

昭和30年(1955)3月2日、尖閣諸島の魚釣島沖で青天白日旗(中華民国)を掲げた2隻のジャンク船が操業中の第三清徳丸に手真似で救助を求めてきた。

第三清徳丸は曳航すべく接舷したところ、ジャンク船から第三清徳丸に武装した兵隊風の2名が飛び移り、船長と船員合わせて2名を射殺した。射殺を逃れるべく海に飛び込んだ船員7名のうちという4名は海の藻屑として消えてしまった事件である。
真の犯人は、単なる海賊行為だったのか?台湾国府軍の所為なのか?支那なのか?韓国なのか不明である?

 

戦後の歴史の中で、韓国等の許しがたい犯罪を記憶にとどめさせることなく、日本人のほとんどが知らないことが大問題なのである。罪なく亡くなった方々や残された家族が哀である。

良識ある日本人がSNSで伝えることはあっても、マスコミ・学校は教えてない。

やはり我々民族派で拡散をしなければならないと強く思い再び筆を執った次第である

とにかく朝鮮人の国は、根拠ないウソで謝罪を求め金をせびってくるが、この許しがたい犯罪の事実や、ベトナムでのライダイハンという犯罪行為には頬かむりし平気でいられる国民性であるから始末におえない。

 

 

神州不滅

靖国神社について

靖國神社は明治2年(1869)6月29日、明治天皇の思し召しによって建てられた招魂社が始まりです。
明治12年(1879)に「靖國神社」と改称されて今日に至っております。