皇紀二千六百七十八年 四月二十九日、明治神宮参拝、昭和の日奉祝式典、そして直会

皇紀二千六百七十八年  四月二十九日 

昭和の日

明治神宮参拝、昭和の日奉祝式典、そして直会。

昭和の日について

昭和の日 昭和の元号名の出典は五経の一つで、上は尭舜から下は秦の穆公(ぼくこう)にいたる政治史・政教を記した中国最古の経典「書経(尚書)」の一節 「百姓昭明協和萬邦(ひゃくせい、しょうめい、きょうわ、ばんぽう)」 昭は人々の徳を表し、和は「心和む」を表し、国民の平和と世界の共存繁栄を願ったものなのです。

昭和の御代、4月29日は昭和天皇のお誕生日であり戦前・戦中は「天長節」、戦後は「天皇誕生日」という祝日でした。
昭和64(1989)年の御崩御に伴い「みどりの日」と名称を改めそのまま祝日とされてしまいました。
「昭和」という文字を祝日として残して欲しいという国民の強い要望は、当時の野党の反対によって潰えたのでした。
「みどりの日」の名称も、昭和天皇が自然をこよなく愛され生物学者としてもご活躍されたことに由来しておりますが、やはり国民は昭和天皇を忘れがたく「昭和の日」への名称変更を願い続けたのでした。
2000年には、森喜朗内閣のもと法律改正案が国会に提出されましたが、森首相の「神の国発言」により衆議院が解散し、法案も流れてしまいました。
2002年、第一次小泉内閣のもとでも法律改正案が出ましたが、またしても衆議院の解散で流れてしまいました。
2005年、第二次小泉内閣によりついに「昭和の日」への名称変更の法律が成立し、2007年から「昭和の日」となったのです。

「激動の日々を経て、復興を遂げた昭和の時代を顧み、国の将来に思いをいたす」

 

昭和天皇をお偲し、国体護持の精神を誓い、民族の悲境の時代を乗り越えてきた昭和の次代を思い返しましょう。

今日、正論社一同はNPO法人 昭和の日ネットワーク主催「奉祝!天皇陛下御即位三十年。昭和の日をお祝いする集い」に、明治神宮を参拝した後、参加してきました。

明治神宮にて

明治神宮参拝の様子

明治神宮参拝の様子

明治神宮にて

明治神宮内順路にて、多くの銘酒樽

明治神宮お清めに書かれていた明治天皇御製

明治神宮お清めに書かれていた昭憲皇太后御歌

明治神宮にて、正論社記念写真

明治神宮にて行われていた結婚式

明治神宮にて、おみくじを引く佐々木幹事長

明治神宮順路にて、五箇条の御誓文

明治神宮参拝の後、正論社一同は明治神宮会館に向かいました。

明治神宮会館にて、正論社記念写真

明治神宮会館にて、昭和の日式典に参加する様子

昭和天皇御製

さしのぼる朝日の光へだてなく世を照らさむぞわがねがひなる(昭和三十五年)

日日のこのわがゆく道を正さむとかくれたる人の声をもとむる(昭和四十一年)

明治神宮会館にて、昭和の日式典の様子

昭和の日記念式典にて、来賓挨拶ををする自民党の井上さん

昭和の日記念式典にて、来賓挨拶をする、明治の日推進協議会会長の塚本三郎さん

昭和の日記念式典にて、来賓挨拶をする、日本の建国を祝う会会長の大原康夫さん

奉祝式典第一部の最後に行われた聖寿万歳を終えて、

正論社一同は新宿へ移動し、直来を行いました。

昭和の日記念式典後の直会。記念写真