山口二矢烈士墓参

皇記二六七八年十一月二日

本日十一月二日は、山口二矢烈士没後五十八年目の御命日である。顧問と同志と共に青山の梅窓院に眠る国士の奥津城に参った

山口二矢烈士、日比谷公会堂で壇上に駆け上がり抜身の刀を水平に構えたまま、一気に浅沼稲次郎社会党委員長に天誅の一刀を突き刺した

山口二矢烈士

昭和35年5月、吉村法俊先生・中堂氏と大日本愛国党を脱党。

同年7月、吉村先生が結成した全アジア反共連盟に参加。

同年10月12日、日比谷公会堂で浅沼稲次郎社会党委員長を刺殺。自決を試みたが、警察に阻止される。
同年11月2日、東京少年鑑別所の東寮2階2号室で「七生報國 天皇陛下万才」の文字を書き残し自決された。享年17歳であった。

 

斬奸状
汝、浅沼稲次郎は日本赤化をはかっている。自分は、汝個人に恨みはないが、社会党の指導的立場にいる者としての責任と、訪中に際しての暴言と、国会乱入の直接のせん動者としての責任からして、汝を許しておくことはできない。ここに於て我、汝に対し天誅を下す。 皇紀二千六百二十年十月十二日 山口二矢。

 

辞世の句
 国のため神州男児晴れやかに

 ほほえみ行かん死出の旅路に

長青山 梅窓院 門柱看板

長青山 梅窓院 山口二矢烈士の奥津城前で 中村顧問

長青山 梅窓院 山口二矢烈士の奥津城 村上行動隊長

長青山 梅窓院 山口二矢烈士の奥津城 磯谷黄道帯副長

長青山 梅窓院 山口二矢烈士の奥津城 復帰後精力的に活動に参加している期待の藤田会員

長青山 梅窓院 山口二矢烈士の奥津城 鈴木

長青山 梅窓院 山口二矢烈士の奥津城前で