大詔奉戴七十八年祭

12月8日は大東亜戦争開戦記念である。

拙書でも解説しましたように、日米開戦の主要因は米国の側にあり、日本の「自衛戦争」であった

「信実の大東亜戦争」表紙 ルーズベルトに誘導された日本

「信実の大東亜戦争」表紙 ルーズベルトに誘導された日本

真実の大東亜戦争 バーコード

真実の大東亜戦争 バーコード

大東亜戦争開戦の「宣戦の御詔勅」が渙発せられて七十八年目となる。

大詔奉戴祭 表紙

大詔奉戴祭 表紙

大詔奉戴祭 参集殿

大詔奉戴祭 参集殿で式典を待つ同志の方々

靖國神社において開催された大詔奉戴祭(水谷浩樹実行委員)に参加させていただいた。主催スタッフの森 博雄さんとも久しぶりにお会いできた。

大詔奉戴祭 祭典次第

大詔奉戴祭 祭典次第

大詔奉戴祭 相撲甚句奉納

大詔奉戴祭 相撲甚句奉納

昇殿参拝の後、靖國會館に移動し記念講演「令和の時代に大東亜戦争を伝える」が執り行われた。

米國及英國ニ對スル宣戰ノ詔書

天佑ヲ保有シ萬世一系ノ皇祚ヲ踐メル大日本帝國天皇ハ昭ニ忠誠勇武ナル汝有眾ニ示ス

朕玆ニ米國及英國ニ對シテ戰ヲ宣ス朕カ陸海將兵ハ全力ヲ奮テ交戰ニ從事シ朕カ百僚有司ハ勵精職務ヲ奉行シ朕カ眾庶ハ各〻其ノ本分ヲ盡シ億兆一心國家ノ總力ヲ擧ケテ征戰ノ目的ヲ逹成スルニ遺算ナカラムコトヲ期セヨ

抑〻東亞ノ安定ヲ確保シ以テ世界ノ平和ニ寄與スルハ丕顯ナル皇祖考丕承ナル皇考ノ作述セル遠猷ニシテ朕カ拳〻措カサル所而シテ列國トノ交誼ヲ篤クシ萬邦共榮ノ樂ヲ偕ニスルハ之亦帝國カ常ニ國交ノ要義ト爲ス所ナリ今ヤ不幸ニシテ米英兩國ト釁端ヲ開クニ至ル洵ニ已ムヲ得サルモノアリ豈朕カ志ナラムヤ中華民國政府曩ニ帝國ノ眞意ヲ解セス濫ニ事ヲ構ヘテ東亞ノ平和ヲ攪亂シ遂ニ帝國ヲシテ干戈ヲ執ルニ至ラシメ玆ニ四年有餘ヲ經タリ幸ニ國民政府更新スルアリ帝國ハ之ト善隣ノ誼ヲ結ヒ相提攜スルニ至レルモ重慶ニ殘存スル政權ハ米英ノ庇蔭ヲ恃ミテ兄弟尙未タ牆ニ相鬩クヲ悛メス米英兩國ハ殘存政權ヲ支援シテ東亞ノ禍亂ヲ助長シ平和ノ美名ニ匿レテ東洋制覇ノ非望ヲ逞ウセムトス剩ヘ與國ヲ誘ヒ帝國ノ周邊ニ於テ武備ヲ增强シテ我ニ挑戰シ更ニ帝國ノ平和的通商ニ有ラユル妨害ヲ與ヘ遂ニ經濟斷交ヲ敢テシ帝國ノ生存ニ重大ナル脅威ヲ加フ朕ハ政府ヲシテ事態ヲ平和ノ裡ニ囘復セシメムトシ隱忍久シキニ彌リタルモ彼ハ毫モ交讓ノ精神ナク徒ニ時局ノ解決ヲ遷延セシメテ此ノ間却ツテ益〻經濟上軍事上ノ脅威ヲ增大シ以テ我ヲ屈從セシメムトス斯ノ如クニシテ推移セムカ東亞安定ニ關スル帝國積年ノ努力ハ悉ク水泡ニ歸シ帝國ノ存立亦正ニ危殆ニ瀕セリ事旣ニ此ニ至ル帝國ハ今ヤ自存自衞ノ爲蹶然起ツテ一切ノ障礙ヲ破碎スルノ外ナキナリ

皇祖皇宗ノ神靈上ニ在リ朕ハ汝有眾ノ忠誠勇武ニ信倚シ祖宗ノ遺業ヲ恢弘シ速ニ禍根ヲ芟除シテ東亞永遠ノ平和ヲ確立シ以テ帝國ノ光榮ヲ保全セムコトヲ期ス

御名御璽

昭和十六年十二月八日

「大詔奉戴七十八祭」の記念講演「令和の時代に大東亜戦争を伝える」が靖国神社内の靖国会館で行わた。講師は元『国民新聞』論説委員でジャーナリストの藤田 裕行氏。

勅語に奉答する唱歌 臣物部安芳

勅語に奉答する唱歌 臣物部安芳

勅語に奉答する唱歌 臣物部安芳
阿やに畏き 天皇の 
あやに尊き 天皇の 
あやに尊く 畏くも
くたしたまへり おほみこと 
これそめてたき 日の本の 
國の教の 基なる 
是そめてたき ひのもとの 
人の教の 鑑なる 
阿やにかしこき  天皇の
勅のまゝに いそしみて 
あやに尊き すめらきの 
おほみ心に 答へまつらむ

靖国神社について

靖國神社は明治2年(1869)6月29日、明治天皇の思し召しによって建てられた招魂社が始まりです。
明治12年(1879)に「靖國神社」と改称されて今日に至っております。