国賊・赤色朝日新聞を討て! 其の八

「北朝鮮は地上の楽園」、北朝鮮の甘言を流布したのが国賊朝日新聞である。

国賊朝日新聞社旗

国賊朝日新聞社旗

この恐ろしい用意周到に計画された陰謀「在日朝鮮人の帰還事業」(北送事業)は1959年から1984年まで続いた。在日朝鮮人と韓国人そして日本人妻たち約9万3千人が日本から北朝鮮に渡った。

騙された渡航者たちは「敵対階層」と烙印され、最下層身分となり強制労働を強いられ、極貧生活の辛酸を味わった事は周知の事実である。
北朝鮮にとっての「帰還事業」とは、労働力の補充と外貨・物資の獲得であったのだ。
しかし、北朝鮮を礼賛していた国賊朝日新聞は、知らぬ顔の半兵衛といまだ口をつぐんでいる。

1959.12.14 帰還船礼賛記事

1959.12.14 帰還船礼賛記事

1959.12.20 帰還船礼賛記事

1959.12.20 帰還船礼賛記事

1959.12.20 帰還船礼賛記事

1959.12.20 帰還船礼賛記事

執拗な北朝鮮礼賛キャンペーンを展開した国賊朝日新聞の責任は重い。

1959.12.25 帰還船記事「ばく進する馬」

1959.12.25 帰還船記事「ばく進する馬」

「ばく進する馬」北朝鮮、よくはたらく人々、飛行場変じてアパートと北朝鮮を讃える捏造記事まで掲載してヨイショする国賊朝日新聞の目的はどこにあったのか?

1961.02.26 帰還希望者増進

1961.02.26 帰還希望者増進

朝日新聞の入魂の連載記事とは裏腹に、実際には経済の発展はゼロに等しく、その正体は粛清の嵐が吹き荒れる恐怖の独裁国家でしかなかった。しかも保障された職と生活どころか、明日の食事にさえ事欠く有様で、現在でも慢性的な食料不足と恐怖政治が続いている事は国際社会の常識となっている。
 
奥羽列藩同盟尊皇の末裔

 

 

靖国神社について

靖國神社は明治2年(1869)6月29日、明治天皇の思し召しによって建てられた招魂社が始まりです。
明治12年(1879)に「靖國神社」と改称されて今日に至っております。