佐倉市和田地区戦没者慰霊供養に参加

佐々木幹事長が地元である千葉県佐倉市で開催された和田地区戦没者慰霊供養に参加した

佐倉市和田地区の戦没者慰霊供養

 [和田郷友会と忠魂碑]
和田地区は満州事変以およそ400名が戦場に赴き110余名の尊い命が失われた。
この事実と亡き戦友の思いを後世に伝えようと、昭和29年(1954)2月、遺族・関係者で和田郷友会を結成、以来今日まで毎年招魂祭や戦没者や物故者の墓参などを行なっている。
和田小学校向かい側の和田診療所の隣リに専有地があり、頌徳碑が建立されている西南戦争から日清・日露戦争を経て大平洋戦争に至る120人ほどの戦没者名が刻まれている。
簒額は当時の千葉県知事柴田等。そしてこの後方の大型の忠魂碑が横たわっている。簒額は伯爵堀田正恒(最後の佐倉藩主堀田正倫の養子。1951年没)で傍らの小碑から昭和天皇が即位した頃に建立されたことがわかる。
戦後、現在地に移設する際にひびが入っていまったそうである。
(「佐倉連隊とその時代」を歩く」より)

佐倉市和田地区の戦没者慰霊供養

佐倉市和田地区の戦没者慰霊供養 忠魂碑

 

佐倉市和田地区の戦没者慰霊供養 佐々木幹事長が英霊の尊い御霊に参拝

佐倉市和田地区の戦没者慰霊供養 平和之塔

靖国神社について

靖國神社は明治2年(1869)6月29日、明治天皇の思し召しによって建てられた招魂社が始まりです。
明治12年(1879)に「靖國神社」と改称されて今日に至っております。