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『命のビザ』にソ連の影
  弱者救済の日本士道精神を汚すな!

 上記のタイトルのニュースがモスクワから発信された。

 第二次大戦中に多くのユダヤ人を救った"命のビザ"で知られる日本人外交官杉原千畝(すぎはらちうね、1900〜1986年)が進めたリトアニアからの救出劇の成功の背景には、ソ連領を通過するユダヤ人から経済的利益や軍事情報を得ようというソ連側の狙いがあったことが、ロシアの歴史研究家らの共同研究で分かった。
(2016.12.22 産経ニュース)


 研究の成果は、杉原の『命のビザ』の成功はソビエトの協力なくしてありえなかった理由の研究らしい。

 しかし、ソ連当局によるユダヤ人の通行許可の真意は、貴重な外貨収入源獲得という経済的利益と難民からの海外情報収集活動であった。
だがユダヤ人を助けえたのはソビエトの方針によるもので主体はソビエトにあるとでも寝言を言うためのロシア研究なのか?

 杉原千畝は人道主義者であり正義の人である。
 戦時中、リトアニアの在カウナス領事館に赴任していた外交官の杉原千畝がユダヤ難民6000人のビザを発給し命を救ったとされ、東洋のシンドラーと称賛された。

杉原千畝による手書きのビザ

 にも拘らず「ユダヤ人に金をもらって見返りにビザを発行した」という噂や、何の根拠もなく日本政府・軍部の方針に操られた行為だったとかの中傷をする心無い輩もいたのであった。

 しかし、杉原の行為は人道上の配慮もとに熱意をもって行われたのであって、決して打算や欲得で行えるような行為でなかったことは、今や世界の周知の事実である。 ソビエト赤軍に捕まり、ロシア語が達者なためにスパイの容疑をうけ、ラーゲリでの生活も余儀なく経験した。

 厳しい取り調べが一年も続いたが、1年を過ぎた後の頃、帰国の許しを得てシベリアの果てしない凍土を南下し無事帰国できた。

 しかし、外務省訓令を無視してビザを発給し続けた事で根っからの優秀な外交官であった杉原であったが外務省をくびになってしまった。

 名誉回復には時間がかかったがイスラエルの人々は、杉原千畝とオトポール事件の樋口季一郎将軍を子々孫々までもわすれないであろう。

 戦後40年経ってようやく、イスラエル政府からヤド・バシェム賞(諸国民の中の正義の人賞)という勲章を受賞したのであった。

 ロシアの歴史研究家達よ!

 バルト海接するリトアニアから日本に向かうには、ソビエト領を通らなばならかった時事を理由に、中国や韓国の政治家や歴史家たち様に歴史を好きなよう改ざんし、自国の益とする恥知らずな行為とならない事にを真から願うだけである。

 人道をもって信念のもとに行われた、ホロコーストを逃れてきたユダヤ難民に対する行為に至った、純粋なる精神に対する冒涜する研究にならないことを願うのみである。

皇紀二千六百七十六年極月 大島 雄二




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