日韓合併ではない!正しくは日韓合邦である!

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青梅の大東神社の片隅でひっそりと佇む日韓合邦の碑(頭山満翁揮毫)

明治43年(1910年)8月29日、万国公法(国際法)に準拠した
「韓国併合ニ関スル条約」に基づいて大日本帝国が大韓帝国を合邦した。

 まず併合とは強国が弱国を強制的に呑み込む2国間だけの関係の場合に使うもので、日韓の場合は多くの列強諸国が承認し、歓迎していたのだから合邦というべきである。

 日韓合邦により朝鮮民族は中華帝国による1000年以上にわたる華夷秩序という隷属の歴史から解放され、世界最貧国から脱し近代化の道を歩めたのであった。

 つまり韓国が喧伝する悪名高き日韓併合の真実は日韓合邦であり、日本と朝鮮が手を取り合って仲良く生きていた時代であったのだ。

合邦国家は当時の潮流であった!

 20世紀に入ると、それまで世界を支配してきた巨大帝国は次々に倒れていった。

 ロシア帝国・大清帝国・オスマントルコ帝国・オーストリアハンガリー帝国(ハプスブルク帝国)…

※ ハプスブルク帝国も中東欧の多民族による合邦国家

 

 革命や帝国の解体により誕生した近代国民国家の多くは合邦国家であったのである。

 大英帝国の例を見れば一番わかりやすいであろう。イングランド・スコットランド・ウェルズ・アイルランドの合邦国家である。 誰もスコットランドをイングランドの植民地と思う者はいないであろう。

 合邦国家形態はこの時代において珍しいものではなく、前出の大英帝国・チェコスロバキア・ユーゴスラビア・スイス・ベルギー・スウェーデンと数多くの合邦国家が誕生したのである。 …分離独立したスロバキアはチョコの植民地であったか、ノルウェーイはスウェーデンの植民地であったか…分離でも合邦の形態が分かるであろう。

列強の時代の万国公法における国家観とは?

 大航海時代以降に生まれた西洋国民国家が作り上げた近代の世界秩序は、万国公法と呼ばれる列強の一方的な国際法により正邪が諮られたのである。

 

 イギリスやフランス等の西洋国民国家は自らを文明国と呼び「自主の国」とし、中国やオスマントルコ・ペルシャ等そして日本を「半主の国」、それ以外は未開の非文明地域である「無主の地」と見なし先占の法理を認め列強による侵略を正当化したのであった。

※ 先占権 1885年のベルリン会議で「先に占領した国が領有する」と決議

20世紀初頭の朝鮮半島情勢

 日清戦争後、ロシアに宗主替えした李氏朝鮮により、ロシア勢力が半島に大きく浸透してきていた。

 宮廷の混乱を憂い朝鮮王高宗は、前代未聞の行為に出たのであった。 朝鮮の首都漢城府にあったロシア公使館に難を逃れるため住み込んでしまったのである。 そして一年有余の間、外国の公館で親政を布くという歴史上にもあり得ない恥ずべき政治を行ったのである。

 

 ロシアによる大韓帝国の属国化は、清国の属国時代の朝鮮より大きな脅威であり、日本の国防は危機的状況となったのである。

 列強によるアジア争奪戦の中で、日本は自国防衛のため、ロシアは東アジアの権益独占のため、日露戦争は起こるべくして起こった戦争であったのである。

 

 朝鮮半島を巡って戦争が起きたという事実は、日清戦争の戦後処理条約であった下関条約の第一条も朝鮮独立が明記され、日露戦争での講和条約・ポーツマス条約の第一条でも朝鮮半島の権益並びに保護・指導であった事実を見れば明らかなのである。

合邦と併合の違いとは何であろうか?

 強国が武力により弱国を無理矢理呑み込む様な事を併合というが、それでは合邦とはなんなのか?どの様な場合が合邦なのか?

 

 合邦の定義を考えて見よう。

 一つは、両国間の政府並びに国民の賛同が多く官民一体で世論が形成されているという状況である事である。

 もう一つ重要なことは、世界の各国が非難や反対の意を示せば合邦とは言えない、国際社会の賛同が不可欠なのである。

日韓合邦を最初に言い出したのは朝鮮だった!

 古くは高麗朝から続く当時の朝鮮半島下の身分制度は、世界一といえるほど厳しいものであった。 富と権力を握る両班(貴族・科挙官僚)と中人(下級官僚)・常人(農民)・賤民と区分けし、互いの婚姻禁止や職業のみならず住居、衣服までもが厳しく制限された凄まじい差等であった。

 劣悪な生活を庶民に強いた結果、教育・庶民文化・伝統・職人の技術などが全く育たなかったのである。

 

 そんな中で李氏朝鮮の悪弊を憂うる庶民が立ち上がり、一進会という政治団体が結成されたのである。そして東学党の流れをくむ進歩会(会員数5万人)が合流し、朝鮮最大の自称100万人(実数は25万人程度)の会員を誇る民間団体が出来上がったのであった。 その一進会が、日韓合邦を大きく推進したのである。

 

 一進会は1909年に「韓日合邦を要請する声明書」を発表し、大韓帝国皇帝純宗に上奏文を提出したのであった。

 

 そして大韓帝国政府も学部(文部)大臣の李容植を除いて李完用首相以下の全閣僚の賛意で合邦の内閣決議をし、合邦推進の宣言と朝廷に上奏したのである。

 

 日本においては寺内正毅等が推進派で、反対派は元勲の伊藤博文と二分していた。

 日韓両国で賛否両論が渦巻くなか、伊藤博文が暗殺され、それを期に日韓合邦が大きく進んだのである。

 

 そして日本政府が各国に韓国合邦を打診し万国賛同のもと日韓合邦が成立したのであった。

国際社会の賛意による合邦だった!

 英国は相次ぐ戦乱により混乱の極みに達していた東アジアの安定を望んでいた。 東アジアでの自勢力の後退の代わりに、日英同盟のよしみがある大日本帝国に東アジアの安定を託し合法に賛成したのであった。

 

 そして英国との関係で米国も賛成に回り、 三国干渉で 対立関係にあった独仏まで賛意を示し、驚くことに日露戦争に敗北したロシアまでもが 当時の国際情勢の流れに抗せず同意し、千年以上の宗主関係であった清国は最大の反対勢力であるはずだったが最早その余力さえ残っていなかったのである。

 

 つまり国際社会は東アジアの安定の為、諸手をを挙げて日韓合邦に賛成したのである。

 朝鮮半島の人口は統一新羅以来、苛斂誅求で民を虐げ続けた結果人口は増加しなかった。 しかし日本との合邦により大きく人口を増加させたのである。

朝鮮人口の推移

1906年:980万人(第二次日韓条約により、1905年より朝鮮は日本の保護国へ)

1910年:1312万人(日韓併合条約により、1910年より朝鮮は日本の一部となる)

1920年:1691万人

1930年:1968万人

1940年:2295万人

1944年:2512万人(1945年、日本の敗戦により総督府の統治権は米軍へ移譲)

中華帝国1000年の属国であった朝鮮は史実を正しく理解せよ!

 朝鮮半島を統一した新羅以来千有余年、中華帝国の属国であった朝鮮歴代王朝国家。

 韓流ドラマの様な華麗で強固な王朝ではなく、実際は国王ばかりか王妃や太子の廃立の人事権まで中華王朝に握られ、勅使がくれば城外までの出迎えるという屈辱が慣例であり、朝貢使節団は諸公の礼さえ受けられず百官扱いであった。

 そして、年号も中華の暦を使用し、貨幣鋳造権まで度々停止され、李朝王世宗が発明したハングル文字も、独立の野心があると思われる事を恐れ使用を禁止したほどの王朝が独立国家と呼べるであろうか。

※ 高句麗と渤海は独自の年号を使用していた

 

 ある本で「歴代の朝鮮王朝が中国に対する朝貢は、進貢の十倍以上の恩賜があったので朝鮮人が働かなくなった」と中国の属国ではなかった反証の意味で書いていたのであろうが、近年になり実際は朝貢の数分の一しか恩賜品がなかったことが分かったが朝鮮人は認めようとしない。

 自国の女性たちを名ばかりの官女として貢ぎ、男子は去勢して宦官という奴隷として貢ぎ、民から搾り取った血税を送り続けることで、中華王朝の皇帝に正朔を奉じ(臣下となる)朝鮮王と認められ続けていたのである。

 19世紀列強の時代、現在の国際法にあたる万国公法では朝鮮は独立国としては認められていなかった。国際社会は朝鮮を野蛮で未開国とし無主の国とみていたのである。

 朝鮮は極めて誇りの高い民族であり、 人類史から見ても類例を見ないほど 排他性の強い民族である。アジア諸文明も朝鮮半島が発祥であると妄想し、それを頑なに信じている。

 最近お辞めになったかの国の大統領が日帝37年の支配(朝鮮では数え年で値数を考えるので実際は36年)は、屈辱の歴史としてこの恨みは1000年経っても忘れないと怨み叫んでいたが、冷静に歴史を検証してみることを考えもしない民族なのであろう。

 英国の旅行家・イザベラ・バードによれば、「首都京城に住む推定25万人の住民はほとんどが地べたで暮らしている」と記している。

 産業も資源も何もない未開の原始国家であったのが当時の朝鮮の実像であったことは世界の常識であったのだ。

 もう一言加えさせていただけば、韓国にはウリジナル文化がある。(※ ウリジナルとは韓国語のウリという我々を意味した言葉と英語のオリジナルを組み合わせた造語のことである

 

 民族意識高揚のために良いものは何でも韓国を起源とし、民族優性を満たそうとした手前がってな情けない願望にすぎない。

 太古の時代から中国に虐め続けられた劣等感の裏返しであろう。

 

 剣道も空手も生け花も日本語起源さえも韓国人が発明したもので、良いものは全て韓国が起源であるとこじつけている。

 殷帝国をつくったのは、韓国人だから中国をつくったのは韓国であると妄想を主張し、中華帝国に千年以上隷属していた事実を無視し、日本に合邦されるまで「世界史のなかで唯一征服されなかった民族である」との主張は哀れにさえ思える。

 ジャガイモも南米のアンデス高原ではなく朝鮮半島であるとし、朝鮮伝統の味と誇るキムチにしても、何の資料も根拠がなくとも伝承として、漢代(紀元前3~3世紀)に朝鮮半島北部の楽浪郡を通じてもたらされたと言い放つ。

 

 真実はやはり南米原産であった唐辛子が南蛮貿易で日本にもたらされ、豊臣秀吉の朝鮮出兵の際に保存食として携行したものが朝鮮民衆に伝わり、白菜と出遭い元祖キムチとなったことも哀れなほどに無視する民族なのである。

 そして70年前から今現在まで、文化は中国⇒朝鮮⇒日本という順で伝わると、繰り返し教えて満足している。

 

 すべて韓国が起源だ!という幻想のウリジナル思想の歴史教育を施し、自国民を間違った歴史感と反日正義の思想を植え付けているのだから、理解しあえる関係を構築することは不可能に近いのであろう。

嘉月吉日  鈴木 誠厳

 

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