日本精神

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日本精神について

壱、取り戻せ日本精神

 幕末維新からの文明開化によりもたらされた近代日本の日本人は日露戦争を前後し大きく変革を遂げてしまった。

 日露戦争の勝利(?)により欧米列強に伍し世界に冠たる近代国家の成立と種族優性の大勘違いが始ってしまい、江戸期に培われた倫理道徳や慎ましき生活習慣・共助精神・農本思想・アジア連帯の精神は隠蔽され・伝統的価値観が霧散した。

 国民は精神物質全生活に亘って自利他利融合一致して悖ることなき事こそ最高道徳示顕の根本である事を思い起こせ。

 歴史の中で常には表にでなくても神社と皇室の存在は、日本人の精神に影響を与え続けている。

 そして勤皇の本道は、下位者は一切の主体化、擬主体化を放棄する態度である事を忘れてはならない。

明治維新

明治維新

 

日露戦争

日露戦争

 

 

弐、聖徳太子に学ぶ外交の気概

 聖徳太子は607年小野妹子をを代表とする遣隋使を派遣し、隋あての国書に「日出づる処の天子、書を日没する処の天子に致す。恙無きや」(日が昇る国の天子が、日が沈む国の天子にあてて書簡を送る。ご無事にお過ごしか)と書かれた国書を渡し、国書の文面で対等の立場を強調することで、隋には決して服属しないという意思表示を行った。

 これは、聖徳太子が当時大陸を統一した大帝国隋の天子に送った外交書簡である。

 天に二つの太陽が無いように中華世界に天子は唯一のものであるという事が中華思想の根本であった。

 聖徳太子は、日本が中国文明の亜流でなく、独自の文明を築く独立帯であることを宣言し、大帝国に対し強烈な挑戦文を送っている。

聖徳太子

聖徳太子

 

 

 

参、風土に根ざす霊性の国、日本

 日本は、太古の昔から、神話と民族とが渾然一体となって生きてきた。

 言葉が違うことは文明が違うことである。

 日本の文化を中国文明の亜流と考えると、日本の本質を見誤る。

 日本は中国とも欧州とも違う、独立した文明体帯である。

 世界のいかなる宗教とも違う神道という独特の宗教を持ち、大和心としての日本的霊性を引き継ぎながら、日本人は仏教や儒教などの外来思想や宗教を吸収してきた。

高千穂峡 天岩戸神社

高千穂峡 天岩戸神社

 

 日本は神話によれば、神様達が自分たち、民のために造ってくれた島であり、神道神話にしても独自性が明瞭に色濃くでている。

 歴史の中で常には表にでなくても、神社と皇室の存在は日本人の精神に影響を与え続けているのである。

 神話の部分までたどれるのは世界でも天皇がおられる日本だけである。英国にしても、ヘンリー7世なるまで英国を征服しようとして失敗した国はない。

 ギリシャ神話もゲルマン神話も他所から征服により断絶しているのである。

 和歌や俳句、禪・茶道・華道をみても、日本庭園や懐石料理の洗練された鮮やかさに、中国文明が持たない霊性を感じる。

 日本は神話を支える人が絶えなかったため、国土のどこでも八百万の神の息吹きが残っている。

 日本の風土に根ざした霊性により、日本文明の姿形が作られてきたのである。

 

 

四、日本の美意識の本質

 自然と一体化する神道の精神の根底には無情感かがあり、欧州や中国の華美壮麗を憧れる美意識の対局にある。 侘びさびという美意識こそに日本美の本質がある。

 「おごれるものは久しからずや」華美なものを否定する文化を持つ唯一の国が日本なのである。

伊勢神宮

伊勢神宮

 

 

 

恋闕名の不遜不忠

 天皇陛下に対する恋闕レンケツ(天皇への至誠の愛)の情は神代の時代から日本に連綿と続く不変なる絶対性であるとし、それを「万古不易の国体」「無限の古」ともいう。

 しかし明治政府から続く大正昭和の政府・政治家・ファシスト達は、恋闕の言葉を用い、不敬にも「玉としての天皇」として利用した。

 恋闕の魂を狡猾な心で用いさせては絶対にならない。

 

 

福沢精神の根本否定(大東塾景山正治氏より)

 日本における資本主義はもちろん共産主義もまた福沢精神からきている。

 福沢精神こそは明治維新を崩壊せしめたる精神である。

 昭和維新において最も明確峻烈に否定せるべき精神である。

 福沢諭吉は本質的に神を認めず、国体を信ぜざるものであった。

 冷厳な西洋流個人主義、契約説的ギブアンドテイク式合理主義を信じ教育した。

 

 その対極にあるものが日本的民族主義である。

 日本的民族主義とは、「ひたぶるのひとつの心」。

 具体的な話をすれば、明治の啓蒙家の代表格であった福沢諭吉は、物質から心理的宗教的影響を受けることはないと思っていたのである。
石や、草木、自然を
拝むことは迷信であり、野蛮であると断じたのである。

 日本的伝統を廃し、啓蒙的、科学的教育を無理やりに推し進めたのであった。

 純正日本主義者の影山正治先生とって、明治政府が推し進める文明開化と言う名の一種の日本近代化政策は許しがたかったのではないか?

 福沢が考えた新しい日本人とは、教育により啓蒙的・科学的教育により、全ての日本人が歴史を否定する事となり、外見が同じでも中身が違う日本人に成ってしまう事は、影山先生とってどうしても受け入れがたかったのであろう。

 福沢にとって 西洋化・啓蒙が全てであり、 探求の余裕はなかったのである。

 結果として、福沢を代表する明治の啓蒙家がおこなった事は、下手な外科手術と同じであった。

 

 影山先生の御言葉の中には、日本主義の原点回帰の真理がある。

 

平成二十七年文月 鈴木 誠厳

福沢諭吉

福沢諭吉

 

 

影山正治先生

影山正治先生

 

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