恵方巻き「もうやめにしよう」と宣言

増え続ける一方の恵方巻きは一体何なの?

恵方巻きと鬼面
恵方巻きと鬼面

SNSでスーパーなど量販店の売れのこった恵方巻きの大量廃棄が問題となっている折り、「もうやめにしよう」と宣言する勇気のあるスーパーが現れた。

これは兵庫県でチェーン展開しているヤマダストアー。

一般的にスーパーなど量販店は、昨年の売り上げ個数よりも多くの恵方巻きを用意するのが当たり前。

しかし、日本の人口は減少している状況にあってなぜ「右肩上がり」の増産を続けるのだろうか?

私も以前から疑問に思っていたのであるが、節分のシーズンになると、暗くなるまで「恵方巻きあります」とスーパーやコンビニの店の前で叫ぶ店員の姿を見ながら、「ご苦労だけど、あんなに多くの恵方巻きが売れるのだろうか?」と人知れず心配したものだ。

案の定、店舗内を覗いて見ると相当数が売れ残っている。

「売れ残った恵方巻きは食べてしまうのかな」などとあらぬ想像すらしたことがある。

それだけに、このシーズンにはデパートを初めとしてスーパー、コンビニなど町中の店舗が競って恵方巻きを売っている。

日本人すべてが恵方巻きを食べてもとても食べ切れない数の恵方巻きが売られているのではないだろうか?その意味ではこのヤマダストアーのやめよう広告の勇気には拍手を送りたい。

もういい加減「恵方巻き攻勢」は止めるべきだ。

                 
北面武士

奉祝!紀元節 日本青年会議所のキャンペーン

2月11日の「建国記念の日」に向けて若手経営者らで作る日本青年会議所(日本JC)が面白いキャンペーンを企画している

公益社団法人日本青年会議所
公益社団法人日本青年会議所

それは「日本の誕生日にはおむすびを食べよう」というもの。

同会議所では、この日に北海道から九州までの全国13箇所の神社で、参拝客らに「誕生ケーキ」ならぬ「誕生おむすび」を配布する計画だ。

この企画を考えたいきさつは、日本の若者が他国の青年に比べて「建国記念の日」の認知度が低かったためであった。

他国では大半の青年が正確に答えられたのに、日本の青年は正確に答えられたのは2割程度だった。

これは戦後のGHQの「日本弱体化計画に伴い、日本の正統な歴史を抹殺する教育がなされたためである。

日本青年会議所の動きは微々たるものかもしれないが、それでも多くの人々がおむすびを食べる度に神武天皇の建国記念の日のことを思い出してもらえればありがたいことである。

                 
北面武士

米国のシンクタンクが支那の圧力と工作を「シャープパワー」と命名

西側の民主社会に食い込んで政治を分断し、世論操作を狙うシナの「シャープパワー」を警戒せよ

地球儀と赤色中国国旗
地球儀と赤色中国国旗

米国のシンクタンク、「全米民主主義基金(NED)」はシナによる最近の一連の動きを「シャープパワー」と命名した。

最近の動きとしては、オーストラリア政府がシナが同国の政界や大学、出版界に介入しているとしてそれに対処すべく新法案を提出した。

今月12日には同国野党の上院議員が、シナから資金を受け取り、シナの肩を持つような発言をしたという疑惑から辞任した。

国、カナダ、ニュージーランドも、同様の警鐘を鳴らし始めている。10日にはドイツがシナが金を使って同国の政治家や官僚を取り込もうとしているとして非難した。

13日には、米国議会がシナの新たな影響力について公聴会を開いた。ざっとこんな状態である。

シナはこれまでもさまざまな工作をしてきたが、最近はそれが威嚇的で幅広い範囲に及んでいる。

しかも取り入った後に抵抗できなくさせる工作活動、嫌がらせ、圧力の三要素を連動させるというのだ。

こう見てくれば、当然のことあがら日本の政治家にもソフトパワー攻勢を仕掛けている。

自民党の二階幹事長を初めとする親シナ勢力には十分気をつける必要があるだろう。

                 
北面武士

トランプ大統領が核戦略見直し(NPR)を発表

トランプ大統領は、このほど今後五年から十年にわたる核政策の指針となる核戦略見直し(Nuclear Posture Review)を発表したが、これは最近の世界の動き特にシナ、ロシア、北朝鮮などの「国際秩序を変えようとしている」諸国に対する自由陣営のチャンピオンとしてやむにやまれぬ措置だと思う。

Nuclear Posture Review
Nuclear Posture Review

オバマ前政権では、「核兵器なき世界」を標榜し理想的な世界が現出するかと思われたが、現実は逆の方向に進んだ。

特に北朝鮮の核兵器と大陸間弾道弾の開発は、米国の直接の脅威を高めることになった。

今回の「見直し」では、核の脅威の増大に対抗するため「柔軟かつ多様な核戦力」の必要性を強く打ち出した。

また通常兵器による攻撃や大規模なサイバー攻撃を受けた場合の報復にも、核使用を排除しない方針を表明。

さらに先制不使用も否定した。これは、安全保障環境の激変によって「核抑止力強化」への転換が迫られているとの認識の表明と言える。

問題は、こうした世界情勢の認識が日本側にあるのかである。

「平和ボケ」した日本の政治家の認識は、まだまだぬるいと言わざるをえない。

このほど「宇宙人」の鳩山由紀夫元首相が米国で講演をし、「先制攻撃する可能性があるのは金正恩朝鮮労働党委員長ではなくトランプ大統領である」などとあいも変わらぬバカなことを言っているが、野党議員の国際認識など五十歩百歩だろう。

                 
北面武士

名護市長選で移設反対の現職を破り渡具知氏が初当選

沖縄の名護市長選挙に自公維新が推薦した渡具知武豊氏(56)が当選した

小泉進次郎氏と渡具知武豊氏(渡具知武豊HPより)
小泉進次郎氏と渡具知武豊氏(渡具知武豊HPより)

渡具知氏は、米軍普天間飛行場移設問題最大の争点となった同市長選挙において、移設賛成の立場で選挙戦を戦った。

渡具知氏が勝利したことは、普天間飛行場の移設問題に対する市民の意志が賛成になったことでもある。

これで安倍政権の主張が通り安くなると思われる。

抵抗勢力としての翁長現沖縄県知事の立場も当然弱まることになる。

翁長氏は、かつて自民党の県連幹事長をしており、15年前の県議の時は辺野古移設推進決議案を可決させた旗ふり役だった。

また那覇市長だった時も野辺古移設に賛成している。

つまりこの人間は、自分に有利と思えば簡単に主義主張を変えるオポチュニストであり、政治家としては最も唾棄すべき存在である。

今回、日本国の安全保障のかなめとも言うべき沖縄県の名護市長選挙において賛成派の市長が誕生したことは、日本にとっても慶賀すべきことだろう。

                 
北面武士

大仁田厚候補ガンバレー

取材に行くみちすがら、面白い人物に出会った。今、佐賀県神埼市長選挙に立候補している元プロレスラーの大仁田厚氏である

大仁田厚候補ガンバレー
大仁田厚候補ガンバレー

「朝立ち」を初めたらしい。

時折雪がちらつく寒風の中で大仁田候補は国道34号線の歩道に立って懸命に車に向かって手を振っていた。

私は、プロレスラーの大仁田厚は良く知らないが、地方政治の活性化のためならば、こうした一風変わった人物が市長になるのも多いに結構だと考えている。

自分のためでなく、地方のために立候補するのは、大いに結構。普通ならば出馬しないろうが同氏には神埼市に対するそれなりの思いがあるのだろう。

何でも母親の故郷らしい。市長選挙そのものは、まだ4月なので、名前入りの旗を振る行為は厳密に言えば選挙違反だろうが、選挙運動はやった人間の勝ち。早速朝立ちを開始するところもいいではないか。
私は勝敗を度外視しても頑張るこのようなクレイジーな人間が大好き。

大仁田候補ガンバレーッ

                 
北面武士

日本の誇り樋口季一郎将軍

ナチス・ドイツに迫害されたユダヤ人に日本通過のビザを発給した外交官・杉原千畝(ちうね)のことは有名であるが、同時代の軍人、樋口季一郎中将が迫害されたユダヤ人に対して同様ののことをしたということ知る人は少ない。

北部軍司令官時代の樋口孝一郎将軍
北部軍司令官時代の樋口孝一郎将軍

これは「オトポール事件」と言われている。

1938年にユダヤ人18人がソ連と満州の国境のオトポールに、迫害されたユダヤ人がシベリア鉄道でたどり着いて逃げて来ていた。しかし、亡命先である米国の上海租界に到達するために通らなければならない満州国の外交部が入国の許可を渋り彼らは足止めされていた。

彼らの窮状を見かねて当時ハルピンにいた樋口季一郎中将(当時少将)は即日、炊き出しを命じるとともに、衣料・燃料の配給、そして要救護者への加療、満州までの入国、上海租界への移動の手配をしたのである。

その後、ユダヤ人たちの間で「ヒグチ・ルート」と呼ばれたこの脱出路を頼る難民の数は増え続けた。

一説には5千人から2万人に登ったと言われている。

樋口少将がユダヤ人救助に尽力したのは、彼がグルジアを旅した際の出来事がきっかけと言われている。

ポーランド駐在武官当時、コーカサス地方の貧しい集落に立ち寄り、偶然呼び止められたユダヤ人の老人が樋口が日本人だと知ると家に招き入れ、ユダヤ人が世界中で迫害されている事実と、日本の天皇こそがユダヤ人を救ってくれる救世主に違いないと涙ながらに訴え祈りを捧げたという。

樋口少将はユダヤ人の窮状を見て、そのことが脳裏をよぎったという。

当時の軍人にもこのような偉い人物がいたことを我々は忘れてはならない。

                 
北面武士

※関連寄稿文
【嘘に固められた「上海ユダヤ難民資料」のユネスコ世界記憶遺産申請絶対阻止!】
http://ishin.biz/seironsya/%e5%98%98%e3%81%ab%e5%9b%ba%e3%82%81%e3%82%89%e3%82%8c%e3%81%9f%e3%80%8c%e4%b8%8a%e6%b5%b7%e3%83%a6%e3%83%80%e3%83%a4%e9%9b%a3%e6%b0%91%e8%b3%87%e6%96%99%e3%80%8d

【恥知らず国家の次なる歴史の歪曲の野望絶対阻止!】
http://ishin.biz/seironsya/%e6%81%a5%e7%9f%a5%e3%82%89%e3%81%9a%e5%9b%bd%e5%ae%b6%e3%81%ae%e6%ac%a1%e3%81%aa%e3%82%8b%e6%ad%b4%e5%8f%b2%e3%81%ae%e6%ad%aa%e6%9b%b2%e3%81%ae%e9%87%8e%e6%9c%9b%e7%b5%b6%e5%af%be%e9%98%bb%e6%ad%a2

神功皇后が三韓征伐軍団と大分(おおわかれ)

応神天皇を宇美八幡宮で生まれた後、翌年春に皇后は軍隊や群臣を引き連れて険しい山を乗り越えて飯塚市の大分にある開けた場所であった大分(だいぶ)八幡宮に到着する。ここでしばらく留まられ、筑紫の行政をお執りになられた。

福岡県飯塚市 大分八幡宮(だいぶはちまんぐう)
福岡県飯塚市 大分八幡宮(だいぶはちまんぐう)

 政事を定められて、引き連れて来た軍隊も解散させて、多くの兵士たちをその国郷へ返された。そこでここを大分(おおわかれ)と言う。

この大分八幡宮は、宇佐八幡宮の本宮であり、筥崎八幡宮の元宮とされている格式の高い神社である。

境内も広く、皇后がしばらく政治を見られたこともうなずける。
この神社に伝わる「大分宮縁起」という興味深い文書が残っている。

実は三韓征伐の様子は、古事記にはあまり記されていないのだが、「大分宮縁起」には、そうした様子も古事記などより詳しく書かれている。

この縁起によると、「10月3日、対馬より新羅へ渡らせ給ひしに、飛廉風をおこし、陽候浪をあけ、海中の大魚ことごとく浮いて御船を挟み守り、順風つよく吹きてほどなく新羅へ着き給ふ。この時先立てて海水遠く満ち上がり、新羅の国中におよぶ。これ天神地祇の皇后を助けたまへるしるしなるべし。新羅王驚き恐れ、群臣を集めて曰く、新羅の国を建てしより以来、未だ海水の国にのぼるを聞かず。もし天運尽きて国の海となるにやと、恐れ嘆かれける。その云い未だ終わらざるに、日本の師船海に満ち、旌旗日に輝き、笛鼓の音山川を響かせり。新羅王その神変を怪しみ、皇后の武威盛んなるに恐れ、囚人の如く自ら戒められ、皇后の御船の前に降参し、頭を叩いて曰く。今より後、乾坤のあらんかぎり、日の本の飼部となり、船の往来絶えることなく、馬の統馬の鞭を春秋に奉らん。また海路の遠きをいとわず、年毎に男女の貢物を奉るべしとて、即ち重ねて曰く、東より出る日西にいて、ありなれ川の水逆に流れ、河の石昇りて星辰になるまで、春秋に朝する事を欠き、忍びて梳鞭の貢を止めば、天神地祇共につみなひ給へとぞ申されける。これよりして後代まで、八十艘の船に貢物を積み、日本へ奉らる。皇后、船より上がらせ給うその時、つかせ給いしみ矛を、新羅王の門に立て置いて、後世のしるしとし給う。新羅王すでに降せられしかば、百済、高麗の二王も神異を感じ、皇后の武徳を恐れ同じく降参し、皇后の御陣の前に来たり、この後日本に属し、永く貢物を奉らんよしを申されける。かくして三韓共に我朝に従いしかば、皇后即ち御軍を返して対馬につかせ給う」と書かれている。

                 
北面武士

※大分八幡宮
筥崎宮の元宮として知られる。

福岡県飯塚市 大分八幡宮由緒記
福岡県飯塚市 大分八幡宮由緒記

【御由緒】神功皇后御征韓後粕屋の宇美邑にて応神天皇御出産遊ばされ、翌年の春、京にお上りの際軍隊を引率され粕屋、嘉穂の郡境にある験しい山「ショウケ越え」を経られ、当宮に至り坐して暫しお止りになり筑紫の行政をお執り遊ばされ、此地にて軍隊を解隊せられし由縁の地なり。(筥崎宮HPより)
【御祭神】應神天皇
     神功皇后
     玉依姫命
【住 所】福岡県飯塚市大分1272
【H P】http://www.www.kankou-iizuka.jp/homepage/sub.asp?id=90&no=1

「護国の神」となられた応神天皇

母親の神功皇后と共に三韓征伐に同行され、宇美八幡宮で誕生された応神天皇は、その後亡くなられてから御神霊が「護国の神」としての働きを発揮される。

応神天皇御影(河内国誉田八幡宮蔵)
応神天皇御影(河内国誉田八幡宮蔵)

 もともとが誕生した時に腕の筋肉が盛り上がっていたらしい。母親と共に胎児の身で征伐に同行されたからだろうか?

この宇美八幡宮で誕生された後、応神天皇の御胞衣(おえな、ヘソの緒)は、筥に納めて現在筥崎宮が建っている場所に埋められて標識として松が植えられた。

福岡市 筥崎宮 ご神木の 筥松
福岡市 筥崎宮 ご神木の 筥松

筥崎宮の脇には、現在も神木として「筥松」が立っている。
60代の醍醐天皇の御代に、応神天皇の御神霊が七歳の女子に「筥崎は我が誕生のいにしえ、胞衣を筥に入れて松原に埋めた所である。そこに帰って異国の敵を降伏しよう」と託宣された。

福岡市 筥崎宮
福岡市 筥崎宮

そこで太宰少貮の藤原真材が神殿を建て今の筥崎宮となった。

確かに後世の元寇の時には筥崎宮が「敵国降伏」の中心となったのである。

福岡市 筥崎宮 亀山上皇尊像 筥崎宮HPより 
福岡市 筥崎宮亀山上皇尊像 筥崎宮HPより

なお、近年になって筥崎宮の隣に福岡県庁前の公園に銅像が立っている亀山上皇の木造の原型が展示されている。高さ6メートルの立像で、近くで見ると上皇の気迫が伝わってくるようだ。

                 
北面武士

※筥崎宮
【御由緒】筥崎宮は筥崎八幡宮とも称し、宇佐、石清水両宮とともに日本三大八幡宮に数えられます。 御祭神は筑紫国蚊田(かだ)の里、現在の福岡県宇美町にお生まれになられた応神天皇(第十五代天皇)を主祭神として、神功皇后、玉依姫命がお祀りされています。創建の時期については諸説あり断定することは困難ですが、古録によれば、平安時代の中頃である延喜21年(西暦921)、醍醐(だいご)天皇が神勅により「敵国降伏」(てきこくこうふく)の宸筆(しんぴつ)を下賜され、この地に壮麗な御社殿を建立し、延長元年(923)筑前大分(だいぶ)宮(穂波宮)より遷座したことになっております。(筥崎宮HPより)
【御祭神】應神天皇
     神功皇后
     玉依姫命
【住 所】福岡県福岡市東区箱崎1-22-1
【電 話】092-641-7431
【H P】http://www.hakozakigu.or.jp/history/

反日国家支那で日本作家の大ブーム

ニューズ・ウィーク誌が「世界を読み解くベストセラー」の特集をしている。その中でシナのベストセラー事情の解説も行っている。だが以外なことにこの「反日国家」では日本の作家の翻訳本が大ブームらしい

ナミヤ雑貨店の奇跡 東野圭吾著 From Amazon
ナミヤ雑貨店の奇跡 東野圭吾著 From Amazon 

 近年、北京で読まれているベストセラーは、圧倒的に翻訳本と古典的名作が多いらしい。

書店では、日本の小説の翻訳本がかなりのスペースを取っているとのことだ。それも、芥川龍之介、夏目漱石と言った明治時代の作家から松本清張、渡辺淳一と言った現代の作家の作品まで人気だというから驚きだ。

17年上半期のベストセラーのトップは東野圭吾の「ナミヤ雑貨店の奇跡」だというから恐れいる。

シナは、習近平政権が国民の思想的な抑圧を強化している「反日国家」であるが、その抑圧体制はまだ書店にまでは及んでいないようだ。
                 

                 
北面武士