韓国の文が懲りずに古代史までも捏造

この前、韓国の文在寅大統領の建国の日を捏造しようとする策謀についてのべたが、文大統領は今度は古代史までも捏造しようとしている。何と古代に日本が勢力下に置いていた任那をなかったことにしようと策謀しているのだ。文という男はトンデモない大統領

Inauguration_of_Moon_Jae-From Wikimedia Commons
Inauguration_of_Moon_Jae-From Wikimedia Commons

文大統領は、5月に就任してからほどなく、「伽耶史の研究と復元」を国政課題に指示し、慶尚道と全羅道の共同事業として推進したという。

何のことだか日本人にはよく分からないが、要は両方の地域をまたぐ伽耶史の研究が、両地方統合の基盤になると見ているためである。

韓国側は、「日本による朝鮮半島南部の支配は小さなものだった」と矮小化したい訳です。

でも伽耶諸国の大部分は、日本が勢力下に収めていた任那諸国でした。2002年から2010年まで行われた日韓歴史共同研究で、このことは論点の一つになりましたが結局、日本が任那を勢力下に置いていたことを韓国側の歴史家は否定できなかった。

しかし、伽耶に関する韓国の資料はわずかしかないのであります。

それなのに「伽耶は文明が発達していたし、両地方にまたがっていた。だから研究しろ」ということは韓国の歴史学者は乏しい資料を使って同国にとって「誇らしい伽耶史を作る」しかないことになる。

つまり韓国側は、これまでのように「歴史を捏造する」しかないのだ。これが文大統領の本質であると言っていい。トンデモない隣人である。

 

北面武士

新潟県妙高市と京都府丹後市が国賊行為

 新潟県妙高市京都府丹後市が作成した観光パンフレットに、日本海を韓国語で「東海」と表記していたことが判明する驚愕的な事件が発生した。日本政府が、韓国サイドの「東海」表記運動に強く反対していることを十分知っての上で、韓国人ないし在日朝鮮人が意図的な表記を敢えて観光パンフレットに書いたとしか思えない。韓国サイドは、知らぬところで次々と日本に対する文化的な攻撃を行っている。

新潟県妙高市 観光パンフレット
新潟県妙高市 観光パンフレット

我々は、愛国者として断固として責任の所在を追及しなければならない!!

 この事件は、日本人特有の単なる「韓国語が分からず知りませんでした」で終わらせてはならない重大な事件である。なんとなれば、コンス事件で判明したように似たような「文化的な侵略」事件が学校現場など我々が知らないところで次々と起きているからだ。
 今回の事件が悪質である理由は、日本人が韓国語を知らないだろうとの判断で、何者かが韓国サイドの「東海表記運動」に呼応して、敢えて自治体の観光パンフレットという公的な文書に「東海」と書き込んだことにある。一体誰がこんな意図的な事件を引き起こしたのか。その責任を明確にすると共に、自治体そのものの責任を明確にしなければならない。

 

北面武士

 

抗議の電話をしよう!

※新潟県妙高市 入村(にゅうむら)昭 市長

 0255-72-5111

※妙高観光推進協議会 丸山善宏会長

   0255-74-0021

  info@myoko-note.jp

※妙高市観光協会

 0255-86-3911

 http://www.myoko.tv/inquiry

※京都府京丹後市  三崎 政直 市長

 0772-69-0001

※京都府京丹後市観光協会

 0772-62-6300

 

馬関(下関)戦争古戦場跡を訪ねた

『馬關戰争圖』藤島常興 筆、下関市市立長府博物館 収蔵
『馬關戰争圖』藤島常興 筆、下関市市立長府博物館 収蔵

仕事の都合もありまして下関に行って来ました。ここは幕末に長州藩と米英仏蘭の列強4ヶ国との間で下関戦争のあった場所です

下関 壇ノ浦砲台跡
下関 壇ノ浦砲台跡

 1864年、朝廷の攘夷の要請に応じて長州藩が関門海峡を通過する外国船を砲撃したことがきっかけでした。戦争は、4ヶ国の軍艦との間の砲撃戦などで、長州軍は大敗。改めて列強の戦力の強大さを知ることになるのです。
 その後、薩英戦争を戦った薩摩藩と長州藩とが薩長連合を組み明治維新へとつながって行きます。
関門海峡を挟んで九州側にめかり神社があり、ちょうどその反対側に、岸壁の上に「みもすそ川公園」があります。そこに、当時戦いで使った五台の砲台が今も残っています。高さ3メートル、長さ5メートルほどです。武力の進んだ外国の軍艦相手に、長州藩が果敢な戦いを挑んだことは評価すべきでしょう。

北面武士

連合国によって占拠された長府の前田砲台
連合国によって占拠された長府の前田砲台

※馬関戦争
文久3年(1863年)、長州藩は攘夷実行する。馬関海峡(現 関門海峡)を通過する米仏蘭の艦船に対して無通告で砲撃を実施した。約半月後、米仏の軍艦が報復として長州軍艦を砲撃し長州海軍に壊滅的打撃を与えた。
しかし長州は砲台を修復し、対岸の小倉藩領の海岸部を占領し新たな砲台を築き、海峡封鎖を続行した。
同4年、英・米・仏・オランダの四国連合艦隊が下関海峡から長州藩を攻撃し、陸戦隊が上陸して藩兵と戦い、海峡沿岸の砲台を全滅させた事件。



男系天皇を護っていくこと

祝!連載百回!
男系天皇を護ってゆくことは、日本民族の神聖な伝統である。敗戦後、この伝統を護った一群の人々がいた。源田実司令を中心とした海軍の人々である。このほど、この人々のことを記した貴重な本が出版された

神武天皇版画。月岡芳年作
神武天皇版画。月岡芳年作

この本は「極秘司令皇統護持作戦」である。源田実先生は参議院議員をされ、私たち若者を非常に大事にされた。私たちが主宰した勉強会の合宿にも時折ご参加いただき語り明かしたものである。
 その先生が、晩年に我々に語ってくれたことがこの極秘作戦であった。「宮崎県のある場所」とだけは伺っていたが、詳細なことは聞けずじまいで、先生は鬼籍に入られた。でもこの本は、天の配慮と感謝している。男系天皇の皇統を護持することこそ、究極的には本会の目的でもある

私たちが大学に入った当時は、左翼過激派の学生運動ー三派全学連ーが全盛時代だった。その左翼に対抗する形で右側、つまり民族派の学生運動も勃興する。私もその一員だった訳である。その民族派の学生たちの多くが参議院選挙で支援したのが、海軍のパイロットであり真珠湾攻撃の立役者。いわば我々の「英雄」だった源田実先生だった。当時、源田先生は、自民党参議院全国区に立候補しており二期目だった。私たちは「英雄を落としてはいけない」として奮闘したものだ。その仲間が、その後も同志として親しく付き合っている。

 

北面武士

源田実先生
源田実先生

源田実先生
明治37年(1904年)8月16日
広島県山県郡加計町(現-山県郡安芸太田町)生まれ。
大正10年、海軍兵学校に海兵52期として入学。
昭和10年、海軍大学校35期甲種学生とる。
自衛隊では初代航空総隊司令、第3代航空幕僚長を務め、ブルーインパルスを創設した。
昭和37年、自衛官を退官、参議院議員4期24年務め永年在職議員に表彰される。

極秘司令皇統護持作戦
極秘司令皇統護持作戦

極秘司令皇統護持作戦
【内 容】 日本の降伏が告げられた玉音放送の2日後、昭和20年8月17日。海軍最強の戦闘機隊・第343航空隊の面々を前に源田実司令は言った。「死ぬよりも重要な任務がある。無期限の覚悟でやってほしい」
GHQによる天皇処刑という最悪の事態に備え、皇族を九州山中に隠匿する極秘作戦。選ばれしは精鋭24名。天皇家の血筋を護るため、彼らの長い戦いがはじまった。
「皇統護持作戦」の知られざる全貌を描く感動のノンフィクション!
【単行本】 254ページ
【出版社】 徳間書店 (2017/7/21)
【著 者】 将口 泰浩



敗戦の日に改称せよ!

「敗戦」の日に思う

敗戦記念日に改称せよ 皇居前広場の臣民たち
敗戦記念日に改称せよ 皇居前広場の臣民たち

また、8月15日がやって来る。この日は、一般には「終戦」記念日と言われているが、このような欺瞞は無いのではないか。私は長年、「なぜ明らかに敗戦の日を終戦記念日と呼称するのか」と、疑問に思って来た。世界史上にあって、自分たちが戦争で負けてそれを「記念日」として祝う「おめでたい」民族は初めてではないのか?
 これがいつまでも日本人が精神的に自立できない根本原因なのではないだろうか?
 だとすれば、危機に立つ日本民族は、「終戦記念日」という欺瞞的な呼称を廃して「敗戦の日」と正しく称すべきであるがいかがなものであろうか?

もちろん、大東亜戦争で亡くなった多くの緒先輩方のご冥福は祈らなければならないし、その限りでこの日を「終戦」記念日と呼称することに反対するものではない。
 しかし、私には違和感が残るし、

いつまでも米軍GHQの仕掛けたマインドコントロールに浸っているのかとの義憤に駆られるのである。

北面武士



フェイクニュースと偏向マスコミ陣営に注意せよ

フェイク・ニュースと、安倍政権打倒を狙う偏向マスコミには注意せよ

イメージ 虚報報道に怒る読者
イメージ 虚報報道に怒る読者

最近「国賊・朝日新聞」を始めとする新聞、テレビの偏向報道がひどくなっている。もともと私は、大学卒業後は読売新聞の記者をしていた時期があっただけにマスコミの裏事情にもある程度は通じている。

それに関して言えば、国賊朝日新聞は、この会社の企業文化そのものが偏向しており、救いないような状態になっている。もともとが大学時代は左翼の学生運動をやっていた連中がそのまま朝日の記者になったケースが多いので、普通なら一般の会社のサラリーマンになって社会常識を
学ぶべきところが、全く社会通念を学ばないまま新聞記者になる。つまり頭の中は学生運動の「反権力闘争」の次元でストップしてしまうのだ。だから、当然のことながら保守政権の安倍内閣は打倒すべき対象となる。
それゆえ、安倍内閣に不利なフェイク・ニュースも堂々と流し、少しも恥じることがない。最近の例では加計学園の例がある。国会では愛知県の加戸前知事が、四国への獣医学部の新設を要請し続けていたという証言などマスコミに不利な証言は黙殺され続けた。しかもマスコミは肝心な事実を伝えずに、「疑惑は深まった」などと「空気」の造成に奔走するのだ。だが、これほど危険な印象操作はないのである。つまり彼らは事実を伝えず抽象的な言葉で国民の不信感を煽ろうとするのだ。
 一例を上げると、五年ほど前に私は、博多で高校の日比谷高校の九州地区の同窓会に出たことがあった。その時、私の同期で当時は朝日新聞の記者だったM君が私のことを「彼は高校時代から右翼だった」と一方的に決めつけたのである。一瞬、はてそうだったかな?と自分でも思ったほどだ。確かに私は、高校時代から日本的な心情は持ち続けてきた。でもそれだけである。
このような事実に基づかない印象操作が彼らの常套手段なのである。要注意のほどを。

北面武士

 


 

祝! 宗像・沖ノ島、世界遺産に逆転一括登録

沖ノ島 From Wikimedia Commons
沖ノ島 From Wikimedia Commons

祝!世界遺産に逆転一括登録 宗像大社・沖ノ島と周辺三岩礁(沖津宮・中津宮・辺津宮)

 

http://www.sankei.com/life/news/170709/lif1707090039-n1.html

(産経ニュース より)
宗像・沖ノ島、世界遺産に逆転一括登録

ポーランドのクラクフで開催中の国連教育科学文化機関(ユネスコ)の世界遺産委員会は8日、古代東アジアの交流にまつわる沖ノ島など、「『神宿る島』宗像・沖ノ島と関連遺産群」(福岡県)を構成する8つの史跡全てを世界文化遺産に登録することを決めた。
 事前審査をしたユネスコ諮問機関のイコモスが5月、沖ノ島と周辺の岩礁を登録し、本土側の宗像大社など4つを除外するよう求めた勧告を覆す一括登録となった。日本国内の世界遺産は昨年の「国立西洋美術館」(東京都)に続き21件目。文化遺産が17件、自然遺産が4件となる。
 宗像・沖ノ島は、沖ノ島と3つの岩礁(福岡県宗像市)、九州本土の宗像大社(同)、新(しん)原(ばる)・奴(ぬ)山(やま)古墳群(福津市)など8つの国指定史跡で構成する。
 沖ノ島は、九州と朝鮮半島の間に位置し、4~9世紀に航海安全や交流成就を祈る国家的祭(さい)祀(し)が行われた。入島制限の禁忌が守られ、自然崇拝に基づいた古代祭祀の変遷を示す遺跡がほぼ手つかずで残る。奉献品約8万点が出土し、“海の正倉院”とも呼ばれる。
 宗像大社は、島そのものが神体である沖ノ島の沖津宮と沖ノ島を拝む遥(よう)拝(はい)所(しょ)のある大島の中津宮、本土の辺(へ)津(つ)宮(みや)からなる。古墳群は信仰を育んだ豪族、宗像氏の存在を物語っている。
 政府は、島を信仰対象とする伝統が受け継がれている世界でもまれな例として昨年1月、推薦書を提出。イコモスは、沖ノ島の考古学的価値を認めた一方、現在の宗像大社に古代の信仰が継承されているとは確認できないとして、「『神宿る島』沖ノ島」への名称変更を求めていた。
 政府は来夏の世界遺産委で、キリスト教の信仰が禁教下で継続されたことを示す「長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産」(長崎県、熊本県)の登録を目指している

 

 


 

ユネスコと世界遺産委員会の不可解な判断

国連教育科学文化機構(ユネスコ)の世界遺産委員会は本日7日、世界遺産の審査登録に入るという。こうした種類のお墨付きを有り難がる日本人の期待は、いやが上に高まっている。もっとも、国連サイドの思惑と地元の意向とは異なっている。

宗像大社 社殿 From Wikimedia Commons

地元は「神宿る島」として、沖ノ島、大島、宗像大社の一括登録を目指しているが、国連サイドは宗像大社の肝心の信仰を全く無視して「沖ノ島と周辺三岩礁のみを登録する」と諮問機関が勧告していることもあり、行方は微妙だ。
どうしてこのような地元の意向を無視した諮問が出たのかは不明だが、いずれにせよ最近のユネスコそして世界遺産委員会の審査基準は不可解すぎる。

宗像大社沖津宮拝殿 From Wikimedia Commons

 

 

 

 

 

宗像大社中津宮拝殿 From Wikimedia Commons
宗像大社中津宮拝殿 From Wikimedia Commons

 

 

 

 

 

 

宗像大社辺津宮拝殿 From Wikimedia Commons
宗像大社辺津宮拝殿 From Wikimedia Commons

 

 

 

 

 

 

 

 

宗像大社は、天照大神のお子様であらせられる三女神をお祀りしている。三女神とは、沖津宮にお祀りされている田心姫神、中津宮にお祀りされている湍津姫神、辺津宮にお祀りされている市杵島姫神のことである。この三宮を総称して「宗像大社」と言う。したがって個々の神々を分けてお祀りすることは絶対にできない。日本書記によれば、天照大神が三女神に「歴代天皇のまつりごとを助け、丁重な祭祀を受けられよ」との神勅を下され、この宗像の地に三女神が降臨されて祀られるようになったと書かれている。その意味ではニニギノミコトと同様な使命を帯びて地上に降臨された訳である。この三女神が降臨されたのは直方市にある山で、今でもそうした伝承が地元には残っている。
だが問題は国連側にある。最近の国連のやることなすことは、日本人の気持ちを逆撫ですることばかりだ。こんな訳の分からない国連のお墨付きなどいっそ貰わないで、古代からの地域の神聖な信仰に徹した方がよほどいいのではないだろうか?

北面武士

 


 

嗚呼 南洲翁

今年は、西郷隆盛を旗頭に戦った西南戦争の終結から140年目に当たる。鹿児島では、官軍と薩摩軍の戦没者を弔う慰霊碑を建設しようといった話も出ているようだ。

軍服姿の西郷隆盛 床次正精作
軍服姿の西郷隆盛 床次正精作

敵味方を問わず、戦役の犠牲者を弔うのは薩摩武士道の伝統であるとの由で、それは大いに結構なことである。しかし、私が気がかりなのは維新の立役者であった西郷隆盛先生が未だに靖国神社に祀られていないということだ。西南戦争は内戦であり、外国と戦ったわけではないが、それでも国の行方を憂えて双方が戦い、多大な犠牲者を出した。この点に関し、数年前に石原慎太郎や亀井静香などの政治家が「西郷さんを靖国神社に祀るべきだ」との意見広告を新聞の一面を使って出したことがある。
その時、亀井先生は「うちの事務所の電話が鳴りっぱなしになった」と反響の大きさを話していた。大西郷は、その風貌とともに未だに国民の心に残っている英雄である。それにふさわしい処遇を靖国神社でも行うべきであろう。

 

北面武士

 


 

国連のフェイクレポートの危険性

国連の特別報告者らによる日本バッシングが相変わらず続いている。日本政府は、これらの「フェイク・リポート」に対してさらなる厳しい対応を続けるべきだ

国連本部前のモニュメント
国連本部前のモニュメント

これらの「フェイク・リポート」は、プライバシーに関する国連特別報告者のジョセフ・ケナタッチ氏が日本政府に当てた書簡と、表現の自由に関する特別報告者のデービッド・ケイ氏行った国連人権理事会での報告である。問題はこれら報告者が日弁連など日本の一部左翼と連絡を取り、公正な観点から物事を判断しなかたり、偏向した報告書を国連に提出していることである。
日本政府もこれら嘘を国際社会に撒き散らす「フェイク・リポート」に一応は反論しているが、嘘はこれら報告者により撒き散らされている。
 特に沖縄の反基地運動に言及したケイ氏などは、きちんとした実地調査が行われていなかった可能性が高いというのであるから、何をか言わんやである。これに対し欧米メディアは日本政府の批判に対しては「少し大騒ぎし過ぎ」てはと批判的だ。日本政府はこれまで黙って静観することが多かったがこれは日本の左翼と連携した国連の仕掛けている「歴史戦」であることを認識すべきであろう。

北面武士