「長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産」が登録勧告

信仰の力は実に強く偉大なものである。国連教育科学文化機関(ユネスコ)が4日、世界文化遺産に「長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産」を登録するよう諮問機関が勧告したと発表したとの報道を受け、そう感じた次第だ

長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産 大浦天主堂
長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産 大浦天主堂

俗に「隠れキリシタン」と呼ばれるこれらのキリスト教徒は、江戸時代の禁教令(1612年)以降、表向きはキリスト教の信仰はしてないように装おっていたが、部落内では隠れて信仰を続けてきた。

私も、そうした「隠れキリシタン」の伝統を持った方と親交があったが、今で言うカトリックの信者に近い信仰のようだった。

これらの人々は、信仰が純粋なため、神様との交流もあるように思われる。

また、そうしたことが弾圧下での信仰継続の力になったのではないだろうか。

世界遺産登録の勧告を受け、県や市の関係者は「観光面でプラスになる」と喜んでいるが、私はそうした人々の信仰心が評価されたと受け止めたい。

              
北面武士

※長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産
①原城跡(国の史跡)
キリシタンが起こした「島原・天草一揆」の主戦場となった城跡

長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産 原城跡
長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産 原城跡

⓶平戸聖地・安満岳と春日集落(重要文化的景観「平戸島の文化的景観])
キリスト教伝来以前から続く篤い自然崇拝思想をもとに山岳や島を聖地や殉教地として崇敬した潜伏キリシタンの集落

長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産 安満岳
長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産 安満岳
長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産 春日集落の棚田
長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産 春日集落の棚田

③中江ノ島(重要文化的景観「平戸島の文化的景観])
禁教初期にキリシタンの処刑が行われた殉教地

長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産 中江ノ島
長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産 中江ノ島

④天草の﨑津集落(重要文化的景観「天草市﨑津・今富の文化的景観」)
生活、生業に根差した身近なものをキリシタンの信心具として代用し、漁村特有の信仰をひそかに続けた潜伏キリシタン集落

長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産 﨑津集落
長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産 﨑津集落

⑤外海の出津集落(重要文化的景観「長崎市外海の石積集落景観」) 出津教会堂(重要文化財)
聖画像をひそかに拝み、教理書、教会暦などを伝承して信仰を続けた集落

長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産 出津教会堂
長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産 出津教会堂

⑥外海の大野集落 大野教会堂(重要文化財)
仏教や神道の信仰を装いながら、神社に自らの信仰の対象をひそかにまつって信仰を続けた集落

長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産 大野教会堂
長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産 大野教会堂

⑦黒島の集落(重要文化的景観「佐世保市黒島の文化的景観」)
平戸藩(肥前国松浦家)の牧場跡の再開発地に19世紀半ば移住し、仏教寺院で「マリア観音」に祈りをささげながら信仰を続けた集落
黒島天主堂(重要文化財)

長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産 黒島天主堂
長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産 黒島天主堂

⑧野崎島の集落(重要文化的景観「小値賀諸島の文化的景観」)
神道の聖地であった島に移住し、沖ノ神嶋神社の氏子となり険しい斜面地を開拓しながら信仰を続けた集落
野首集落跡・舟森集落跡

長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産 野首集落跡と旧野首教会堂
長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産 野首集落跡と旧野首教会堂

⑨頭ヶ島の集落(重要文化的景観「「新上五島町崎浦の五島石集落景観」) 頭ヶ島天主堂(重要文化財)
病人の療養地として使われていた島に仏教徒の開拓指導者のもとで移住し、信仰を続けた集落

長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産 頭ヶ島天主堂
長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産 頭ヶ島天主堂

⑩久賀島の集落(重要文化的景観「五島市久賀島の文化的景観」)
五島藩(肥前国五島氏)の政策に従って島の未開地に移住し、仏教集落の島民と互助関係を築いてひそかに信仰を続けた集落

長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産 久賀島集落
長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産 久賀島集落

⑪奈留島の江上集落
島の人里離れた海に近い谷間に移住し、地勢に適応した教会堂を建設した集落
江上天主堂(重要文化財・西洋的特徴との融合がもたらした教会堂の代表例)

長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産 江上天主堂
長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産 江上天主堂

⑫大浦天主堂(国宝)
日本の開国により来日した宣教師が1864年に建てた教会堂であり、2世紀ぶりに潜伏キリシタンと宣教師が出会い、新たな信仰の局面を迎えるきっかけとなった「信徒発見」の舞台

長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産 大浦天主堂02
長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産 大浦天主堂

[photo by wikipedia]

映画「ウィンストン・チャーチル/ヒトラーから世界を救った男」

Sir Winston Leonard Spencer-Churchill
Sir Winston Leonard Spencer-Churchill

安倍首相も激務の間を縫って見に行ったと言われている映画「ウィンストン・チャーチル」を、私も見に行った

何しろ地方にいる時には、無理しても良い映画は見ておかないと見損なうのがおちだからだ。

この映画の原題は「DARKEST HOUR」(最も暗い日々)。

 

これは、ナチスに対する融和政策が失敗し首相を辞任したチェンバレンの後を継いだチャーチルが、首相になってからフランスのダンケルクで水際まで追い詰められた30万人の英国兵を救出するまでの期間の苦悩と決断の物語である。

絶望的な状況の中で、どのようにして英国兵を救出するのか。

アメリカに援助を要請するも断られる。そうした中で、自党の同僚からはナチスとの融和策を勧められる。

ヒットラーに頭を下げての平和か、それとも断固として戦うのか。チャーチルの苦悩は連日続く。

そんな時に国王から一般民衆の声を聞くことを勧められる。

そこで、チャーチルは地下鉄に乗って一般民衆の声を聞くことにする。そこでは、民衆は断固として戦うとの意思を示す。

迷いの晴れたチャーチルは、国会で断固として戦うとの演説をぶち、議員たちから万雷の拍手で迎えられる。

右せんとするか、左せんとするか。

一国のリーダーには、重要な決断に迷う時が必ずあるだろう。

そんな時には、一般国民のサイレント・マジョリティの声を聞くことも大事なのである

一般的にこうした人々は「無告の民」とも言われている。しかし、野党やマスコミの雑音に惑わされることなく、首相には断固として改憲の道を進んで頂くようにお願いしたい。

独裁政治に突き進むシナとロシア、それに北朝鮮に挟まれ、日本は実際に危機的な状況にある。

この映画は、そのような状況の解決策を示しているように思える。

               
北面武士

在米支那人が悪質な歴史戦を挑んで来ている

米国のシナ人は、ささいなことでも日本人社会に対して歴史戦を挑んで来ている。もちろんシナ共産党の指示があってのことである。シナ、韓国が中心となって世界中で展開している日本に対する歴史戦。私たちもこのことに十分警戒しなければならない

日系アメリカ人で編成されていた第442連隊戦闘団 From hawaiireporter.com
日系アメリカ人で編成されていた第442連隊戦闘団 From hawaiireporter.com

米国カリフォルニア州のパロ・アルト (Palo Alto)市の中学校の名称変更にあたり、市民などから意見を聞き、ブレッド・ヤマモトの名前が候補にあがったところ、シナ系市民が「この名は、真珠湾攻撃を指揮した山本五十六・連合艦隊司令長官を想起させる」として組織的な反対運動を展開した。

市にはインターネットで千件以上の反対意見が寄せられたという。
もちろん、ヤマモト氏の名前が山本五十六氏と関係があるなどとは、日本人ならば一笑にふする事柄である。

単なる言いがかりであることは明らかだが「反日運動」を展開している人々にとっては、そんなことはどうでもいいことだ。

要は日本人タタキができればいいのである。

問題のパロ・アルト市は、サンフランシスコ湾岸にある都市である。

ここには日系人も多く住み、フレッド・ヤマモト氏は、戦時中欧州戦線で大活躍した有名な日系人部隊の第422連隊の隊員であった。しかし、欧州の激戦で戦死した。

校名変更問題が持ち上がった時、ヤマモト氏が少年時代をパルアルト市で過ごしていた経緯から、同氏の名前が上がったのだが、結局はシナ人による反対運動で採用されなかった・・・

              
北面武士

 

※第442連隊戦闘団
(442nd Regimental Combat Team)

日系アメリカ人で編成されていた第442連隊戦闘団の勲章授与式
日系アメリカ人で編成されていた第442連隊戦闘団の勲章授与式

第二次世界大戦中にアメリカ陸軍により編成された日系アメリカ人(将校は白人)部隊。欧州戦線に投入され、ドイツ軍相手に勇猛に戦い、「前線で決して振り返らない兵」と称賛を得たが、のべ死傷率314%(死傷者数9,486人)という血の犠牲で名誉を勝ち得た軍人たちである。
㊟のべ死傷率は、部隊を100とした時、欠員補充兵を加え計算する

 

日本の誇り樋口季一郎将軍

ナチス・ドイツに迫害されたユダヤ人に日本通過のビザを発給した外交官・杉原千畝(ちうね)のことは有名であるが、同時代の軍人、樋口季一郎中将が迫害されたユダヤ人に対して同様ののことをしたということ知る人は少ない。

北部軍司令官時代の樋口孝一郎将軍
北部軍司令官時代の樋口孝一郎将軍

これは「オトポール事件」と言われている。

1938年にユダヤ人18人がソ連と満州の国境のオトポールに、迫害されたユダヤ人がシベリア鉄道でたどり着いて逃げて来ていた。しかし、亡命先である米国の上海租界に到達するために通らなければならない満州国の外交部が入国の許可を渋り彼らは足止めされていた。

彼らの窮状を見かねて当時ハルピンにいた樋口季一郎中将(当時少将)は即日、炊き出しを命じるとともに、衣料・燃料の配給、そして要救護者への加療、満州までの入国、上海租界への移動の手配をしたのである。

その後、ユダヤ人たちの間で「ヒグチ・ルート」と呼ばれたこの脱出路を頼る難民の数は増え続けた。

一説には5千人から2万人に登ったと言われている。

樋口少将がユダヤ人救助に尽力したのは、彼がグルジアを旅した際の出来事がきっかけと言われている。

ポーランド駐在武官当時、コーカサス地方の貧しい集落に立ち寄り、偶然呼び止められたユダヤ人の老人が樋口が日本人だと知ると家に招き入れ、ユダヤ人が世界中で迫害されている事実と、日本の天皇こそがユダヤ人を救ってくれる救世主に違いないと涙ながらに訴え祈りを捧げたという。

樋口少将はユダヤ人の窮状を見て、そのことが脳裏をよぎったという。

当時の軍人にもこのような偉い人物がいたことを我々は忘れてはならない。

                 
北面武士

※関連寄稿文
【嘘に固められた「上海ユダヤ難民資料」のユネスコ世界記憶遺産申請絶対阻止!】
http://ishin.biz/seironsya/%e5%98%98%e3%81%ab%e5%9b%ba%e3%82%81%e3%82%89%e3%82%8c%e3%81%9f%e3%80%8c%e4%b8%8a%e6%b5%b7%e3%83%a6%e3%83%80%e3%83%a4%e9%9b%a3%e6%b0%91%e8%b3%87%e6%96%99%e3%80%8d

【恥知らず国家の次なる歴史の歪曲の野望絶対阻止!】
http://ishin.biz/seironsya/%e6%81%a5%e7%9f%a5%e3%82%89%e3%81%9a%e5%9b%bd%e5%ae%b6%e3%81%ae%e6%ac%a1%e3%81%aa%e3%82%8b%e6%ad%b4%e5%8f%b2%e3%81%ae%e6%ad%aa%e6%9b%b2%e3%81%ae%e9%87%8e%e6%9c%9b%e7%b5%b6%e5%af%be%e9%98%bb%e6%ad%a2

世界最古 高天原神話の発祥の神宮

中島君と一緒に新年の「ぶらり取材の旅」。次の目的地は熊本県山都町にある超古代神社の「幣立神宮」です。

熊本県山都町 阿蘇 幣立神宮鳥居
熊本県山都町 幣立神宮鳥居

この神社は、1万2千年前に創建されたと伝えられている超古代神社です。

たいがいの人は「そんなバカな」と思われるでしょうが、この神社のご神宝が「五色人面」という超古代の世界にいたという五つの世界の人々が寄進した木造のお面であり、その中の一つが「モーゼの面」という古代に日本にやって来たユダヤ人が寄進したお面であることを知ったら「ヘェー」と思い直すのではないでしょうか?

というのも、これが「日ユ同祖論(日本人とユダヤ人の先祖は同一であるという考え方)」の大きな柱の一つになっているからです。

この神社では五年ごとに「五色人祭」を開催しており、その時には世界中から五色人にゆかりのある人々や霊能者などの人が集まります

このようなユニークな神社ですので、当然一般の神社の範疇には入りません。

主祭神も、普通の神道界では最高神に位置するアメノミナカヌシノカミの前に、カムロギ、カムロミの陰陽の両神、それに大宇宙大和神(オオトノチノカミ)が来ます。

この神社は「日の宮 ヒノミヤ」幣立神宮と称しますが、ヒノミヤは「秘の宮」でもあります。

通常は表面に出て来ない神社なのです。

日本という神国が危機的な状況にたち至った時に働かれる神社なのです。

古くは元寇の時、そして近年では日露戦争の時です。

 特に日露戦争時には203高地の攻略が難攻し、多くの将兵が死傷しました。

宮中で神託を仰いだところ「ヒノミヤ」に勅使を派遣せよとの指示が出たのです。

だが当時の幣立神宮は郷社にすらなっていないほとんど無名の神社でした。

どうすべきか協議した結果、まず七ヶ所の一宮に勅使を派遣し、その後にヒノミヤに勅使を派遣することにしました。

山深い蘇陽町の幣立神宮に勅使が来られたことに地元の人はビックリし、その記念にマキノキを植えたのです(写真)。

熊本県山都町 幣立神宮 のまきの木
熊本県山都町 幣立神宮 のまきの木

天皇陛下の代理人である勅使が幣立神宮に参拝した後、203高地では日本の方から大きな声がわき上がり、その勢いに押されて同高地は陥落したと言われています。

いずれにせよ神秘的な神社でありますが、実は私はこの神社に十年間ほど月参りしたことがあります。そのため宮司さんとも非常に親しい関係にあります。

熊本県山都町 幣立神宮
熊本県山都町 幣立神宮

同志の皆さま方にも一度参拝されることをお勧めします。
                     

北面武士 

※幣立神宮 
【御祭神】 神漏岐命(かむろぎのみこと)
      神漏美命(かむろみのみこと)
      大宇宙大和神(おおとのちおおかみ)
      天御中主大神(あまのみなかぬしのおおかみ)
      天照大神
【住 所】熊本県上益城郡山都町大野712

邇邇芸命(ニニギノミコト)

新年早々ニニギノミコトの取材に宮崎県に行きました。まず訪れたのが、高千穂にある国見ヶ丘です。

これは日向国風土記に載っている話ですが、ニニギノミコトが高天ヶ原から地上に降りて来られた時、出迎えた地上の土蜘蛛の二人と共にこの丘から地上を眺めます。すると、暗かったというのです。そこで土蜘蛛の一人がニニギノミコトが天界から持って来られた稲穂の籾を取って投げるように勧めます。

ミコトが籾を投げると明るくなりました。

米にはそうした不思議な力があります。

私たち日本人の主食として、今日まで生活および生命を維持してこれた米は、実はニニギノミコトが天界から持って来られたものなのです。

高千穂国見ケ丘です ニニギノミコトとともに
高千穂国見ケ丘です ニニギノミコトとともに

                    

北面武士

 

 

 

※標高513mの国見ヶ丘

高千穂国見ケ丘 標高513mの雲海の名所 高千穂町観光協会より
高千穂国見ケ丘 標高513mの雲海の名所 高千穂町観光協会より

雲海と阿蘇涅槃像(ねはんぞう)神武天皇の御孫・建磐龍命(タテイワタツノミコト)が、 九州統治の際に立ち寄って国見をされたという伝説の丘、国見ヶ丘。ここから眺める阿蘇五岳はお釈迦様が横たわった姿に似ていることから、別名「阿蘇の涅槃像」と呼ばれています。

高千穂国見ケ丘 阿蘇の涅槃像のイメージ 高千穂町観光協会より.
高千穂国見ケ丘 阿蘇の涅槃像のイメージ 高千穂町観光協会より.

法治国家ならぬ理解不能な情治国家・韓国

「法が支配するのではなく、情が支配する国家」の韓国で、<詐話師>の故吉田清治が韓国に建てた謝罪碑を無断で書き換えたとして、公用物損傷罪などで在宅起訴されていた元自衛官、奥茂治氏の初公判が同国大田地裁で開かれた。奥被告は犯意を否認したが、検察は懲役1年を求刑し即日結審した。

忠清南道天安市の国立墓地「望郷の丘」にある吉田清治謝罪碑
忠清南道天安市の国立墓地「望郷の丘」にある吉田清治謝罪碑

 奥氏は「謝罪碑の所有権は、撤去を依頼した吉田氏の長男にあり、公用物を毀損したとの認識はない」と主張した。

しかし、検察側は求刑理由の中で「国際的に認定された慰安婦問題を歪曲しようとし、韓日外交に新たな摩擦を生じさせる可能性がある」と反論した。

どちらが正論を吐いているのは、一目瞭然である。

「慰安婦問題を歪曲している」のは、日韓合意を守ろうとしない韓国側だからであり、「両国の外交に新たな摩擦を生じさせる可能性がある」のも、極めて法をねじ曲げた捜査をしている韓国側であるからだ。

さらに法廷では、韓国側に不都合な陳述は翻訳されなかった

奥氏は、「碑文が虚偽であることは日本では認識されている。韓国の公的施設が虚偽を利用していたことになりませんか」と問いかけたのであるが、意図的に翻訳されなかったのである。

 私は奥氏も存じ上げている。

源田実先生の慰霊祭などで何回かお会いしたことがあるが、極めて紳士的な愛国者である。

韓国側は奥氏をまだ国内に止めて置くつもりのようだが、さらなるご健闘を祈る次第である。
                     

北面武士

※大韓民国刑法
第141条 (公用書類等の無効、公用物の破壊) 公務所が使用する書類その他の品物又は電磁記録等の特殊媒体記録を損傷若しくは隠匿し、又はその他の方法により、その効用を害した者は、7年以下の懲役又は1千万ウォン以下の罰金に処する。

第142条 (公務上保管物の無効) 公務所から保管命令を受け、又は公務所の命令により他人が管理する自己の物件を損傷若しくは隠匿し、又はその他の方法により、その効用を害した者は、5年以下の懲役又は700万ウォン以下の罰金に処する。

故吉田清治の詐欺行為を原因とする虚構に基づく個人建立の謝罪碑(派生案件)が何故公用物になるのか?

神功皇后が仕掛けた神国日本を守る「結界」

弘安の役の時になぜ4400隻の大船団が平戸から唐津までの海域に集結したのか、その謎を解くために唐津から平戸島までを中島君と一緒に取材して歩いた

第十五代神功皇后 月岡芳年筆 日本史略図会
第十五代神功皇后 月岡芳年筆 日本史略図会

 実は私は、元寇の役とその千年前に「三韓征伐」を敢行した神功皇后との間には不思議な関連性があると思っている。

一つには、元寇の日本への襲来のルートと神功皇后が征伐した経路がほとんど似ていること

二つ目は、元寇の襲来した地点には、神功皇后が点々と護国の神である住吉大神をお祀りしていることである。

当然、その場所には「住吉神社」が建てられている。

生月島 住吉神社本殿
生月島 住吉神社本殿

元寇の実質的な勝負は元の大船団に乗った何万人もの軍体が、上陸して侵攻できるか否かにかかっていた。

しかし、第一回目の文永の役でも、第二回目の弘安の役でも戦闘があったのはわずかに一日だけで翌日には海上に戻り、その後図られかのように神風」に会って船団は壊滅的な打撃を受けている。

しかも、このタイミングがピッタリ。これを「天祐神助」と言わずして何と言うのか?

弘安の役では、私は東路軍と本隊の南宗軍の合流地点が、当初の壱岐から平戸島に変更になったことが、戦略を変えさせ敗戦に導いたと考えている。

それは出発直前に難破した日本船の乗組員から、平戸島の方が本土に近く上陸作戦も取りやすいとの情報を得たためである。

この作戦変更によって、4400隻もの大艦隊が平戸島から鷹島、それに唐津に至るまでの海域にビッシリと結集したことを重視した。この狭い海域に大艦隊が結集したことが、「神風」襲来時の被害を増大させたのである。それこそ大波に翻弄されて船同士が衝突して大破したものと思われる。

台風襲来後の海岸線には元軍のおびただしい水死体の山があったとか。人類の歴史上最大の水難事件と言われる所以である。
しかし、この海難事件を日本サイドから眺めた場合、私にはこれは神国日本を守る神々の誘導だったような気がする。

つまり、その千年前に神功皇后が仕掛けられた神国守護の「結界」に導かれたのではないかと。

鷹島に住吉神社があることは、前回の取材で確認した。

唐津には鏡山の麓に松浦の一の宮である立派な「鏡神社」がある。

すると、平戸島にも何か住吉神社があるはずだと考えた。

生月島住吉神社 捕鯨集団であった益富家が1797年に寄進した鳥居
生月島住吉神社 捕鯨集団であった益富家が1797年に寄進した鳥居

平戸の観光協会に「平戸の周辺に住吉神社はありませんか」と電話した。すると私が推測した通りに存在したのだ。

それは平戸市から10キロ以上離れた島の反対側にある「生月島(いきつき)」に存在した。

生月大橋
生月大橋

生月大橋を渡って車で20分くらいのところにひっそりと立っていた。社殿には説明書きは何もなかったが、立派な「住吉神社」であった。

まさに神功皇后が仕掛けた神国日本を守る「結界」の一つだったのである。
                     

北面武士

韓国人学者のとんでも学説を喜ぶ恥知らず朝鮮民族

韓国人は何でも日本政府がすることには反対するが、「坊主憎けりゃ袈裟まで憎い」式の発想が極まったのか、ついに最近は吉田松蔭批判まで行っている

松下村塾
松下村塾

 これは日本の左翼学者であった故長崎大学教授の高實康稔が主張した議論に沿ったものである。

高實は、昨年1月に発表した論文「長崎と朝鮮人強制連行」の中で<近代日本の侵略思想の原点は吉田松蔭と福沢諭吉にあると言っても過言ではない。松下村塾を世界文化遺産にふさわしいとすることは、これを推薦した日本政府が松蔭の侵略思想を肯定することであり、ユネスコにしても不見識かつ重大な過ちをおかした>とする支離滅裂な八つ当たり気味の議論を展開している。

我々が学生の左翼全盛時代ならいざ知らず、今どきこんな「とんでも学者」がいるとは驚きである。

私も、一応は吉田松蔭先生の著作は読んでいるが、どこをどう押せばそんな結論になるのか?…

これが大学教授なのかと呆れるが、問題はこのような極めて悪質な議論を韓国側が採用している点である。

韓国の「民族問題研究所」は、日本の左翼団体「強制動員真相究明ネットワーク」と共にガイドブックを作成しているが、その中で<日本は松下村塾を、産業化進める人物を育てた場所として、明治日本の産業革命遺産に組み込みました。しかし、松下村塾はアジア侵略の思想と歴史を正当化する歴史観が形成されたところであり、産業革命遺産ではありません>と断定しているのだ。

とんでも学者のとんでも学説を喜んで採用する韓国人は「とんでも民族」と言うべきではなかろうか?
                     

北面武士

大嘗祭(だいじょうさい・おおにえのまつり)

新天皇となる皇太子様が初めて執り行う新嘗祭の「大嘗祭」が、平成31年11月中ごろに行われる見通しとなった

大嘗祭の御儀
大嘗祭の御儀

 具体的な日取りは、政治日程との兼ね合いもあり2案に絞られている。これに先立ち政府は、天皇陛下のご譲位を平成31年4月30日に定める政令を決定した。

 「大嘗祭」は、新天皇が一世に一度だけ行う皇位継承関連儀式の中でも最も重要な儀式である。

宮中祭祀の秘技とも言うべき行事で、これによって地上の天皇に天界の天皇霊が降りてきて合体すると言われている。つまり肉体の天皇が御身そのままに「現人神(あらひとがみ)」になられるわけだ。

それでこそ「神国日本」の実体が担保されるのだと私は考えている。

私は前にも指摘したが、天界では天皇は「現人神」であり、一般の神様よりも地位は高い。

それというのも、「現人神」たる天皇は、神界と地上界との結合点となられるお方だからだ。

 再来年の「大嘗祭」は、このような神霊的にも重要な儀式なのであります。
                     

北面武士