西郷さんが敬愛する明治天皇の大先祖 瓊瓊杵尊 ニニギノミコト

「和田越え」の決戦に敗れた西郷軍は、その北側に退却し現在は延岡市になっているとある民家を本営とした。実はこの場所は、ニニギノミコトの墓、つまり御陵と推定されている場所からわずか60メートルしか離れていない。それこそ目と鼻の近くの場所にある。

宮崎県延岡市可愛山陵 薩摩軍 の 軍議場所の すぐそばにあるニニギノミコトの 御霊
宮崎県延岡市可愛山陵 薩摩軍 の 軍議場所の すぐそばにあるニニギノミコトの 御霊

西郷軍がたまたま設営した本部がそのような特殊な場所だったとは考えにくい。

一説には御陵のそばなので、官軍側も攻撃を避けるだろうと考えたのではないかと言う。

 

だが、私は西郷さんが敢えてそうした特殊な場所を選んだのはそれなりの理由<ニニギノミコトは、西郷さんが敬愛する明治天皇の大先祖の方なので、最後にこの御陵跡地に明治天皇にお別れのご挨拶をするために訪れたのだと>。

それが尊皇家西郷隆盛の真骨頂だったのではないだろうか。

その証拠に西郷さんは最後の軍議<降伏か、決戦か、突破かを議論した後、西郷軍を解散した>の翌日、この民家の裏手で明治天皇より拝領した陸軍大将の軍服を焼却しているのである。

おそらくはその間、夜間にでも御陵に参拝しただろう。

この本営跡は、今は資料館となって軍議の様子が人形で展示されている興味深い場所であるが、残念ながら訪れた日は正月のため休館だった。

しかし、資料館前の広場には、西郷さんとニニギノミコトの二人の「時空を超えた出会い」と書いたノボリが立っており、おそらくそれが真実なのだろう。

御陵前は最近整備されたようだ。以前訪れた時にはなかったニニギノミコトの像も建てられている。

宮崎県延岡市可愛山陵 ニニギノミコトの 銅像
宮崎県延岡市可愛山陵 ニニギノミコトの 銅像

私に神がかりして来られたニニギノミコトと、私が子供の頃より「日本の英雄」と尊敬して来た西郷さん、そして私の時空を超えた出会いだったのである。

                     

北面武士