神功皇后が三韓征伐から帰還

三韓征伐から帰還された神功皇后の軍船は、途中で悪天候に会い船団はバラバラになったらしい。

福岡県大川市 風浪宮
福岡県大川市 風浪宮

その一部は、皇后の乗った船を中心とした六隻ほどの船団で、有明海の沿岸にある大川市まで流された。

皇后の一行が大川市の榎津に上陸した時、一羽の白鷺が飛び立った。それを見て皇后は、「あれは船団を無事に導いてくれた住吉大神の化身である」として部下の安曇連磯良丸(あずみのいそらまる)にその白鷺を追いかけさせた。その鳥は三キロほど飛んで楠の上に止まった。

そこでその地に神様を祀ることにした。

それが地元の人々から「おふろうさん」として親しまれている同市の「風浪宮」である。

この大川市で私は五年間市長をさせて頂きました。その間、毎朝市役所に出向く前にこの神社に参拝するのが日課だった。おかげで数々の奇跡的なご加護を頂いた。非常に霊顕あらたかな神社であることは私が保証する。

皇后の船団はその後、元出港した香椎周辺に上陸した。

福岡県粕屋町 日守八幡神社(阿恵日守八幡宮)
福岡県粕屋町 日守八幡神社(阿恵日守八幡宮)

皇后はすでに臨月を迎えていたので神様に指示された出産に適切な土地を目指していた。その途中でいくつかのエピソードがあり、その場所に神社が建てられている。

その一つが粕谷町にある日守(ひまもり)八幡宮である。

この場所を通過した時、しばらく御輿が止まった。皇后が「何事だろうか」と日を見守ったことからこの名前がついた。

この神社周辺は、今では宅地化されていて神社を見つけるのに苦労した。住宅地の真ん中にポツンと建っているのだが、それでもやはり神社には独特のオーラがある。古びているがなかなか良い神社だった。

次いで皇后は、同町駕与丁公園の大きな池の河畔に向かった。この地で休息された皇后は、村人に御輿を担がれて陸路を進むことになった。

福岡県粕屋町 駕輿八幡宮
福岡県粕屋町 駕輿八幡宮

現在その地には、駕輿(かよい)八幡宮が建っている。

この神社から眺める池の景色も素晴らしい。

福岡県粕屋町 駕輿八幡宮の横にある駕輿丁(かよいちょう)池
福岡県粕屋町 駕輿八幡宮の横にある駕輿丁(かよいちょう)池

この人々は南側の階段から池に降りる階段の下まで集団で住んでいた。この集団はその後、駕輿(かよい)丁座(天皇が外出される時、乗り物を担ぐ人々の組織)と呼ばれることになった。

                 
北面武士

 

※風浪宮
【御由緒】神功皇后が新羅御新征よりの帰途(西暦一九二年)軍船を筑後葦原の津(大川榎津)に寄せ給うた時、皇后の御船のあたりに白鷺が忽然として現われ、艮(東北)の方角に飛び去りました。皇后はその白鷺こそ我が勝運の道を開き給うた少童命の御化身なりとして白鷺の止る所を尾けさせられ、其地鷺見(後の酒見)の里を聖地とし、武内大臣に命じて仮宮(年塚の宮)を営ませ、時の海上指令であった阿曇連磯良丸を斉主として少童命を祀りました。(風浪宮HPより)
【御祭神】少童命三座
     (表津少童命、中津少童命、底津少童命)
     息長垂姫命(神功皇后)
     高良玉垂命
     住吉三神
【住 所】福岡県大川市酒見726-1
【電 話】0944-87-2154
【H P】www.ofurousan.or.jp/

※駕輿(かよい)八幡宮
【御祭神】神功皇后(息長足姫命)
     応神天皇(八幡大神)
     玉依姫命(神武天皇の母)
     住吉三柱神
【住 所】福岡県糟屋郡粕屋町大字仲原字駕輿丁987
【電 話】092-325-0309

※日守(夷守)八幡神社 (阿恵日守八幡宮)
【御由緒】神宮皇后は、お産のために現在の宇美町に向かいましたが、その途中日守付近で休憩しました。そして“日を守りたまいて(太陽をじっと見て)”、「今は何時頃ですか。」と尋ねられた故事から休憩した場所を「日守」と呼ぶようになり、神宮皇后が腰掛けた場所をまつって日守神社ができたと言い伝えられている。(粕屋町HPより)
【御祭神】神功皇后(息長足姫命)
     応神天皇(八幡大神)
     菅原神
【住 所】福岡県糟屋郡粕屋町仲原2895

※駕輿(かよい)丁とは
「駕」は乗り物の意。「輿」は神輿(神のみたま)。「丁」とは身分の高い人を運ぶ集団。

神功皇后が三韓征伐に出撃!

三韓征伐に向けて準備の整った神功皇后は、いよいよ日本から韓国に出撃することになった。

福岡市 名島神社
福岡市 名島神社

大本営を置いている香椎にほど近い黒津の港に軍船を集結させて皇后も乗船した。

各地から集まった軍勢も船団に乗り込んだ。

地元に残っている伝承では、乗船の際にそれぞれが自らの郷土の名前と個人名を名乗って乗船したという。

いかにも各地の勇者が参集したさまをうかがわせるではないか。

こうした「名乗り」をしたことから、この島は名島と名付けられた。今はそこに「名島神社」が建っている。

福岡市 小戸大神宮
福岡市 小戸大神宮

皇后軍はいくつもの港から出港したようだ。各地に同様の伝承が残っている。

その一つが博多の西側、今の姪浜にある小戸大神宮である。

この場所は神代に黄泉の国から戻ったイザナギノミコトが御祓を行った場所と言われている。その意味では神聖な場所だが、やはり神功皇后が出港されたとの伝承が残っている。

この場所には、皇后が韓国からお戻りになったとの伝承も残っている。その際、水際で下着(あこめ)が濡れたので砂浜で乾かした。そこで「あこめの浜」と言っていたが後になまって「姪浜」になったという。

佐賀県唐津市 湊八坂神社
佐賀県唐津市 湊八坂神社

皇后軍は、各地から出港したようだが一番西側では唐津市の湊地区の湊八坂神社にも伝承が残っている。

この神社は厄除けで有名だが、それに関しては面白い言い伝えが残っている。

「神功皇后が渡韓する際、多数の軍船を率いて当地に立ち寄られたところ、玄海灘が大いに荒れて出港できませんでした。そこで皇后が榊を立て安全を祈願し、その榊を焼いた灰を振り禊を行ったところ、海も凪いで無事目的を達成された」というのです。

湊八坂神社では、この故事に習って厄年の氏子が参拝者に灰を振りかけ、災厄を払い、無病息災を祈願する灰振り祭りが毎年2月11日に行われている。

                 
北面武士

栃ノ心が幕内最高優勝

旧グルジア(ジョージア Georgia)出身の力士、栃ノ心(30)が、大相撲で平幕優勝をとげた。

Tochinoshin From Wikimedia Commons, the free media repository
Tochinoshin From Wikimedia Commons, the free media repository

 一時は関脇にまで昇進したが、大ケガをして平幕にまで転落

その後、ケガを克服しての優勝だった。

その苦難の道を考えると、栃ノ心に心からなる拍手を行りたい。

このようなケガからの復活は、日本人力士でも難しいもの。

それを外国人力士で、しかも30歳の年齢で成し遂げたというのは立派以外にない。

もちろん本人の刻苦勉励もさることながら師匠の春日野親方ならびに一門の力士たちの励ましも大きな力となったのではないだろうか。

故郷のグルジアでは、両親ならびに奥さん、まだ幼い女のお子さんがインターネットで取り組みを観戦していたというが、その喜びもひとしおだろう。

遅咲きの外国人力士、栃ノ心の今後一層の精進を是非とも期待したい。

                
北面武士

※ジョージア
旧グルジアで知られる東欧州or西アジアの南コーカサスにある共和制国家。ソビエト連邦の構成国であったが、1991年に独立した。

名門派閥である旧経世会の凋落

自民党の名門派閥であったはずの「額賀派」が、今大きく揺れている

「自由民主党」の党章の意匠としても用いられている陰十四菊
「自由民主党」の党章の意匠としても用いられている陰十四菊

 派閥の長である額賀氏の指導力に疑問が投げ掛けられているためだ。

参議院内の額賀派は最大派閥で21人を擁するが、その参議院所属議員たちが、額賀氏の派閥の長の辞任を求めている。

これに対し、額賀氏は「辞めない」と抵抗しているようだ。

ともあれ、指導力を失った派閥の長ほど哀れなものはない。

一時期人気だった加藤紘一氏が、「加藤の乱」で失敗した後の凋落ぶりを見てもそれが良く分かる。

人間は「おのれを知る」ことが大事なのである。

実は私は、額賀氏とは何回か会食したことがある。たまたま私の親戚だった人間が額賀氏の大学時代の友人で代議士に立候補したいとの気持ちがあり、彼と共に会食したのである。

当時額賀氏は若手のホープと目されていた。

会った印象では、「花はあるがカリスマ性はない」という感じだった。

やはりリーダーになるからには、ある程度のカリスマ性はなければならない。それがなければ凡庸なリーダーで終わってしまうのだ。

                
北面武士

※額賀派
自由民主党の派閥で名称は平成研究会。前身は
木曜クラブ(田中派)で、竹下登派→小渕恵三派→橋本龍太郎派→津島雄二派→額賀福志郎派と続く保守本流集団。

神功皇后が三韓征伐の「宇気比」を行った地

神功皇后の三韓征伐 月岡芳年
神功皇后の三韓征伐 月岡芳年

羽白熊鷲、田油津姫などの反抗する部族を平定して内憂の消えた神功皇后は、ようやく本来の課題である三韓征伐に乗り出す準備に取りかかることになる。

福岡県糸島市  染井神社
福岡県糸島市  染井神社

糸島市には、染井神社という名の古風な神社がある。

うっそうとした木に囲まれているが、ここは皇后が三韓征伐が成功するか否かの「宇気比(ウケヒ)」を行った場所である。

この神社には井戸があり、皇后は鎧をその水に浸され「戦いに勝利を得るなら緋色(赤)に染まりますように。勝てないなら元のままの色でありますように」と祈った。

すると鎧はたちまち緋色に染まったという。

井戸はよく分からなかったが、神社の前面にはこんこんと清水の湧く小さな池があった。あるいは、そこが元の井戸かもしれない。

福岡県糸島市  染井神社にある 鎧掛松の木
福岡県糸島市  染井神社にある 鎧掛松の木

皇后は緋色に染まった鎧を松の木にかけて干された。その松の木も今では朽ちて倒れているが、神社の脇に屋根に被われて残されている。

皇后は出征する時、仲哀天皇の子供を身ごもっていた。その出産を遅らせるため、途中で卵形の美しい二個の石を求めて肌身に抱き、懐石として出産の延期を祈られた。

福岡県糸島市  鎮懐石八幡宮の懐石
福岡県糸島市  鎮懐石八幡宮の懐石
福岡県糸島市  鎮懐石八幡宮
福岡県糸島市  鎮懐石八幡宮

三韓征伐を終えた後、経尺の璧石を子負が原の丘の上に拝納された。それが今の鎮懐石八幡宮である。

その後、いよいよ韓征伐に向かう直前に皇后は、神山と言われている浮嶽の山頂に登り、戦勝を祈願される。

その下方が今の浮嶽神社となっている。

福岡県糸島市  浮嶽神社
福岡県糸島市  浮嶽神社

ともかく、徹頭徹尾神に祈り、神の指示される通りに行動された神功皇后であった。

                 
北面武士

※「うけひ」とは
うけひは古代日本で行われた占いであり、宇気比・誓約・請霊・承霊・誓 などと書く。

※鎮懐石八幡宮
九州最古の万葉歌碑が残る。
【御祭神】神功皇后(息長足姫命)
     応神天皇(八幡大神)
     武内宿禰
【住 所】福岡県糸島市二丈深江子負ヶ原
【電 話】092-325-0309

※浮嶽神社
平安時代に造られた国指定重要文化財「木造仏座像」「木造地蔵菩薩立像」「木造如来立像」の仏像群が安置されている。
【御祭神】伊弉那岐尊
     伊弉那美尊
     菊理姫尊(白山比咩大神)
【住 所】糸島市二丈吉井954
【電 話】092-326-5641

シナ政府の嘘の経済発表も終末を迎えそうだ

シナの経済統計はごまかしが多く信用できない」とはかなり前から根強く言われてきたことであるが、最近は一部の地方政府が「自分たちが発表したGDPや財政収入などの数字には水増しが確かにある」と自白し始めた

人形のイメージ 国民や地方政府の不満が高まっている
人形のイメージ 国民や地方政府の不満が高まっている

これは中央政府に対する地方政府側の反乱とも言える。

ひょっとしたら嘘で塗りかためられたシナの経済発表を突き崩す「蟻の一穴」になるかもしれない。

最初に「自白」をしたのは、東北地方の遼寧省だ。

昨年1月に開かれた同省の人民代表会議で省長の陳求発は、「2011年から14年にかけ、複数の地域で税収を実際よりも多く見せかけ、統計数字の水増しを行った」と認めたのである。

これは、シナ共産党の地方政府としては初めてのことだった。

だが今年に入ってさらに多くの地方政府が追随し始めた。

今月3日には内モンゴル自治区、今月11日には天津市海新区の政府である。

しかもこれら地方政府は、「水増しはそもそも存在しなかった」として統計からいとも簡単に消してしまったという。

なぜこのような「地方の反乱」が起きているというと、中央政府そのものが財政が逼迫していて、これ以上地方政府に財政援助できなくなっているためだ。

すると当然、地方政府は自らの経済成長の水準や財政収入の伸びに応じて自力で財政を賄う必要がある。

つまり本当は財政収入はそんなにないと「自白」して財政の補助の継続をお願いせざるを得ないからなのである。

いよいよシナ政府の嘘の経済発表も終末を迎えることになりそうだ。

                 
北面武士

神功皇后による田油津姫の征伐

神功皇后は、福岡県中部を支配していた羽白熊鷲軍を破った後、今度は南部を支配していた土蜘蛛の女王である田油津姫の征伐に向かうことになる。

福岡県柳川市 鷹尾神社
福岡県柳川市 鷹尾神社

神功皇后軍は筑後川を下って有明海に出て上陸して、この地方に進軍して大本営を設置した(柳川市にある「鷹尾神社」)。

すると、地元の漁師がブリを献上して踊りを披露した(今ハンヤ舞いとして伝わっている)。

何が原因かは分からないが、田油津姫は当時、朝廷に対して恨みを持っていたらしい。地元には、田油津姫が神功皇后の暗殺を企てたという物騒な伝承も残されている。

福岡県みやま市 老松神社
福岡県みやま市 老松神社

いずれにせよ、ここから田油津姫軍の攻略に取りかかる。八キロほど離れた今はみやま市となっている場所に「老松神社」がある。

ここで田油津姫が殺害された。

田油津姫には、夏羽という兄がおり姫を助けんと軍勢をつのって駆けつけた。

しかしその途中で妹の敗戦を知り、逃げ帰ったという。

福岡県田川市 若八幡神社
福岡県田川市 若八幡神社

夏羽は自分の地元に帰り館に立て込もったところを追ってきた皇后の軍勢に攻められ焼き殺された。

その館跡が田川市にある「若八幡神社」である。

                 
北面武士

冥福を祈る・・・西部邁氏が貫いた「自裁死」

保守の真髄  西部邁 From Amzon
保守の真髄  西部邁 From Amzon

発見された多摩川の遺体近くで遺書があったことから、同氏は多摩川に入水自殺したようだ。
あらためてご冥福を祈りたい

西部邁氏は、東大経済学部に在学中に全学連の中央執行委員として安保騒動の指揮を取って活躍した。

もともとは我々とは反対側にいたわけだが、その後は保守系論客として活躍した。

晩年はよくテレビの対談番組に出演して気を吐いていた。テレビで見ると、少し手を患っている様子だった。

新聞報道によると、最後の著作となった「保守の真髄」(講談社現代新書)のあとがきの中で、娘さんに当てた遺書を書いているという。ある意味、覚悟の自殺だったようだ。

平成26年に妻の真智子さんをガンで亡くし、先立たれた後、自分の看病を誰がするのか?同氏は、病院では死ねないとして「自栽死」を表明し、正当化していたという。つまりは自殺である。

私は、自殺は絶対にしてはいけない行為であると信じている。

なぜならば、それは今生に生まれて来た神様との約束に反するからである。

病死であれ、自然死であれ、死は神様に任せれば良いのである。

                   
北面武士

 

※西部邁(にしべ すすむ)氏
昭和14年(1939年)北海道長万部町生まれ。
元東京大学教養学部教授。

仲哀天皇・神功皇后の熊襲征伐

仲哀天皇が、朝廷になびかないで反抗する豪族の羽白熊鷲(はしろくまわし)軍の放った流れ矢に当たって急逝された後、神功皇后は三韓征伐に向かうよりも、まず内患を断つことが急務であることを悟った。

神功皇后の熊襲征伐
神功皇后の熊襲征伐

そこで参謀長の武内宿禰と協議して、香椎を経て筑紫に向かったのである。

しかし、その長の羽白熊鷲の権力は想像をはるかに絶するものがあった。

福岡県福岡市 大神神社
福岡県福岡市 神功皇后御征朝の節、大和の将兵此の地に駐屯の折勧請したるものと伝う大神神社

そこでまず地元の神様をお祀りして大神神社を創建し、自らの刀矛を奉った。

そうしたことで兵隊も自ずと集まったのである。

さらに羽白熊鷲軍を取り囲むように七つの陣地を構築した。

福岡県筑前町 神功皇后が 羽白熊鷲を撃つために 設営した 陣地跡の一つがこの「老松神社」
福岡県朝倉市 神功皇后が 羽白熊鷲を撃つために 設営した「七ヶ森」 陣地跡の一つ「三府の森」(みふのもり)がこの「老松神社」

包囲戦での羽白熊鷲軍との激戦死闘の結果、ついにそそぎので羽白熊鷲の軍を殲滅したという。
今、羽白熊鷲の墓は、朝倉市の「水の文化村」の高台の一角に残っている。

                   
北面武士

福岡県朝倉市矢ノ竹にある「水の文化村」 神功皇后 に撃たれた 羽白熊鷲の 墓
福岡県朝倉市「水の文化村」にある 神功皇后 に撃たれた 羽白熊鷲の 墓

※あまぎ水の文化村
【住 所】朝倉市矢野竹831
【電 話】0946-25-0323
【休園日】毎週月曜日及び毎月第3火曜日
【H P】http://www.mizunobunkamura.com/

拉致被害者家族の皆さんのご健闘を祈念する

拉致の可能性が排除できない「特定失踪者」の家族たちが、<北朝鮮による日本人拉致は「人道に対する犯罪だ」>として、オランダ・ハーグにある国際刑事裁判所(ICC)にクレイジー・ファット・ボーイの金正恩朝鮮労働党委員長の責任追及や捜査に着手するように申し立てるという

International Criminal Court 国際刑事裁判所オフィシャルロゴ
International Criminal Court 国際刑事裁判所オフィシャルロゴ

拉致問題の解決に向けた外交交渉がなかなか進展しない中、家族たちのこうした行動は思い余った末の措置と思われる。

もっとも、国際世論を一切無視し続けている「世捨て人国家」の北朝鮮に対し、どれほどの効果があるかは疑問だが、少なくとも国際司法当局への働きかけは新たな切り口であり、国際世論に対して更なるアピールとなるだろう。

拉致被害者家族の皆さんのご健闘を祈念したい。

                   
北面武士