八幡総本宮 宇佐神宮

宇佐神宮 南中楼門(県指定有形文化財)
宇佐神宮 南中楼門(県指定有形文化財)

国で四万四千社に及ぶと言われている八幡神社の総本社である宇佐神宮に参拝

宇佐神宮 西大門
宇佐神宮 西大門

昨晩から、中島君と二人で宇佐神宮を目指して夜にかけて車を運転して旅行をしています。たまたま彼の関係している宗教団体が、宇佐神宮に祈願すると良いことがあるということを奨励しているため、彼のたっての願いで参拝するはめになった。

私自身は、前は正月によく家族で参拝に訪れたものだが、最近はとんとご無沙汰していた。したがって季節外れの感はあったが、一緒に参拝に及んだ。今回は、早朝に宇佐神宮に着いたので、午前7時からの早朝参拝となった。

 寒い朝で、早朝のため参拝客はあまりいなかった。それでも宇佐の神域にはリンとしたものが漂っていた。

宇佐神宮 下宮(御炊宮 みやけみや)
宇佐神宮 下宮(御炊宮 みやけみや)

宇佐神宮は、全国で四万四千社に及ぶと言われている八幡神社の総本社である。

宇佐神宮 呉橋
宇佐神宮 呉橋

主祭神は応神天皇、それに母親の神功皇后、玉依姫命の三神をお祀りしている。

しかし、そうしたことの他に日本の歴史の中でも重要な役割を果たしたのが、奈良時代に起きた弓削の道鏡事件との関連である。

弓削の道鏡は、法相宗の僧侶であったが、時の女帝であった孝謙天皇の寵愛を受け、僧侶では最高位の法相にまで上り詰めた。

道鏡はさらに天皇にまでなろうとの野望を抱き、宇佐八幡宮サイドに偽物の神託をさせて自分を天皇にするように仕向けたのである。

さすがにこれに疑念を抱いた女帝は、忠臣の和気清麻呂に再度宇佐八幡宮に赴き御神託を戴くように命じた。

清麻呂は、はるばる宇佐まで10日かけて旅をし、宇佐八幡宮で神に祈ったのである。その赤誠が通じたのか、清麻呂に八幡大神の託せんが下った。その時、大神は「我が国は開闢(かいびゃく)以来君臣定まれり。天津日嗣(あまつひつぎ)は必ず皇緒(こうちょ)を立てよ。無道の者はよろしく早く掃い除くべし」とおっしゃった。

この託せんで道鏡の野望は砕かれた。

そして「万世一系」の皇統は保たれたのである。このような事件を二度と起こさせないためにも、天皇は男性が継ぐことになったのである。
                      

北面武士

宇佐神宮
宇佐神宮
宇佐神宮 和気清麻呂公が神様から 宣言を 下された場所
宇佐神宮 和気清麻呂公が神様から 宣言を 下された場所