神武天皇の畝傍御陵に参拝

私の魂の故郷、奈良県橿原神宮裏にある神武天皇の畝傍御陵に参拝した

神武天皇の畝傍御陵 案内石柱 かしはら探訪ナビより

この御陵には、私は高校生時代から親しんでいる。最初は、愛国教団「生長の家」が主催した高校生錬成会に参加したことだった。錬成会では毎朝、夜も暗いうちに起きて、宿舎から団体行進をして畝傍御陵に向かう。御陵に着くと、玉砂利の上に正座して行をするのだが、その時何か知らないが強烈な霊感に打たれた記憶がある。

その時以来、折に触れて奈良地方に来たおりには畝傍御陵に参拝するようにしていた。

でも一番神武天皇の御霊とのご縁を感じたのが、私の大川市長時代である。当時私は40歳前後だった。

この時、私は胸を患っていた。血痰は出るし、呼吸する度に痛みがある。「肺ガンではないだろうか?」。そうした疑念はつのるものの、誰にも相談できないでいた。

そこで「自力で治してしまおう」と思った私は、ガンの治療法の研究を始めた。ガンを治すには、いくつかの方法がある。先ずその一つ、食事療法から始めた。あれこれ半年続けたがうまくいかない。

次は心理療法。徹底して心理分析をして病気の原因を追求したもののやはり分からなかった。

夏休み期間中のある時、友人から奈良県に博覧会があるので見に行こうとの誘いを受けた。博覧会を見たついでに、私は畝傍御陵の参拝を思い立った。橿原神宮近くのホテルに泊まった翌朝のこと。寝ぼけ眼の私は突然、病気の原因が「わかった」のである。

それは、私が過去の結婚問題で当時、大反対された姉を恨んでいたためであった!10年ほど前の話で、私はそのことはスッカリ忘れていたのだが、潜在意識にトラウマとして残っていたのだと思う。

そこで、私は姉に懺悔の手紙を書き、お経を詠んで焼却した。こうすることで潜在意識にあったトラウマを浄化できる。そして、その瞬間に胸の痛みが消えてしまった。これは、まさに神武天皇の御霊の功徳と考えている。このように、神武天皇様、さらには畝傍御陵には、大変な霊的な力があるのである。
   

     
北面武士

神武天皇の畝傍御陵 手水舎 かしはら探訪ナビより

神武天皇の畝傍御陵 手水舎 かしはら探訪ナビより

神武天皇の畝傍御陵に参拝に向かう

神武天皇の畝傍御陵に参拝に向かう

神武天皇の畝傍御陵正面より かしはら探訪ナビより

神武天皇の畝傍御陵正面より かしはら探訪ナビより

神武天皇の畝傍御陵

神武天皇の畝傍御陵

神武天皇の畝傍御陵

神武天皇の畝傍御陵

※畝傍御陵
畝傍山(うねびやま)の北東の麓、橿原神宮に北接する神武天皇陵は、円丘で周囲は約100m、高さ5.5mの広い植え込みがあり、幅約16mの周濠をめぐらせています。
日本書紀、古事記によると、初代天皇とされる神武天皇(在位:前660年~前585年)は日向(宮崎)地方から、瀬戸内海を東に進んで難波(大阪)に上陸しましたが、生駒の豪族に阻まれたため、南下して熊野に回りました。そこで出会った3本足の「八咫烏」(やたがらす)というカラスに導かれて、吉野の険しい山を越えて大和に入り、周辺の勢力も従えて、大和地方を平定しました。そして、紀元前660年の1月1日(新暦2月11日)に橿原宮で即位し、初代の天皇になりました。(かしはら探訪ナビより)