神功皇后が三韓征伐の「宇気比」を行った地

神功皇后の三韓征伐 月岡芳年

神功皇后の三韓征伐 月岡芳年

羽白熊鷲、田油津姫などの反抗する部族を平定して内憂の消えた神功皇后は、ようやく本来の課題である三韓征伐に乗り出す準備に取りかかることになる。

福岡県糸島市  染井神社

福岡県糸島市  染井神社

糸島市には、染井神社という名の古風な神社がある。

うっそうとした木に囲まれているが、ここは皇后が三韓征伐が成功するか否かの「宇気比(ウケヒ)」を行った場所である。

この神社には井戸があり、皇后は鎧をその水に浸され「戦いに勝利を得るなら緋色(赤)に染まりますように。勝てないなら元のままの色でありますように」と祈った。

すると鎧はたちまち緋色に染まったという。

井戸はよく分からなかったが、神社の前面にはこんこんと清水の湧く小さな池があった。あるいは、そこが元の井戸かもしれない。

福岡県糸島市  染井神社にある 鎧掛松の木

福岡県糸島市  染井神社にある 鎧掛松の木

皇后は緋色に染まった鎧を松の木にかけて干された。その松の木も今では朽ちて倒れているが、神社の脇に屋根に被われて残されている。

皇后は出征する時、仲哀天皇の子供を身ごもっていた。その出産を遅らせるため、途中で卵形の美しい二個の石を求めて肌身に抱き、懐石として出産の延期を祈られた。

福岡県糸島市  鎮懐石八幡宮の懐石

福岡県糸島市  鎮懐石八幡宮の懐石

福岡県糸島市  鎮懐石八幡宮

福岡県糸島市  鎮懐石八幡宮

三韓征伐を終えた後、経尺の璧石を子負が原の丘の上に拝納された。それが今の鎮懐石八幡宮である。

その後、いよいよ韓征伐に向かう直前に皇后は、神山と言われている浮嶽の山頂に登り、戦勝を祈願される。

その下方が今の浮嶽神社となっている。

福岡県糸島市  浮嶽神社

福岡県糸島市  浮嶽神社

ともかく、徹頭徹尾神に祈り、神の指示される通りに行動された神功皇后であった。

                 
北面武士

※「うけひ」とは
うけひは古代日本で行われた占いであり、宇気比・誓約・請霊・承霊・誓 などと書く。

※鎮懐石八幡宮
九州最古の万葉歌碑が残る。
【御祭神】神功皇后(息長足姫命)
     応神天皇(八幡大神)
     武内宿禰
【住 所】福岡県糸島市二丈深江子負ヶ原
【電 話】092-325-0309

※浮嶽神社
平安時代に造られた国指定重要文化財「木造仏座像」「木造地蔵菩薩立像」「木造如来立像」の仏像群が安置されている。
【御祭神】伊弉那岐尊
     伊弉那美尊
     菊理姫尊(白山比咩大神)
【住 所】糸島市二丈吉井954
【電 話】092-326-5641