特攻の基地、知覧

沖縄での航空特攻作戦は、米軍主力が沖縄南西にある慶良間列島に上陸した昭和20年3月26日から始まった。特攻作戦とは、重さ250kgの爆弾を装着した戦闘機で敵の艦船に体当たりして沈める、パイロットは必ず” 死ぬ・亡くなる” という酷い条件の作戦であった。賛否を問うのではなく、国のために散った英霊に哀悼と感謝の念を捧げます。

知覧知覧特攻平和会館

知覧知覧特攻平和会館

特攻で有名な知覧に行ってきました。ここは、2018年も行ったのですが、その時はあまり下調べをせずに行ったので、肝心なところは見過ごしていました。

その意味で今回はその「リベンジの旅行」です(笑)。

この知覧には、年間50万人以上の人々が訪れているという。

町はきれいに整備されている。その北側に道路の両側に石燈籠が立ち並び、特攻隊員たちへの慰霊の街であることを印象付けている。

ここには、「平和記念館」という博物館、進撃前夜寝泊まりした三角館、特攻隊員を慰霊し続けたトメさんが祈っていた観音様などを見ることができる。

知覧の 特攻隊員が 直前に泊まった 三角兵舎

知覧の 特攻隊員が 直前に泊まった 三角兵舎

知覧特攻隊員  直前に泊まった 三角兵舎内部

知覧特攻隊員  直前に泊まった 三角兵舎内部

この知覧からは、戦争末期に400人あまりの若者が祖国の勝利を願い、沖縄の海に攻撃した。戦後は特攻隊員たちから「おかあさん」と親しまれていた食堂、

旅館業経営の鳥浜トメさんが、誰も見向きもしなくなった特攻隊員たちの慰霊を一人で黙々と続けてきた。

こうした動きが、その後人々の間に広がり、トメさんと特攻隊員たちの心暖まる交流が本や映画となった。
そうしたことが、今の慰霊の街の建設につながったのである。

実に一人の女性の力は偉大だと言わねばならない。
写真は、トメさんと特攻隊員たちのもの。石原慎太郎氏が碑文を書いている。

知覧のとめさんと特攻隊員の写真の碑

知覧のとめさんと特攻隊員の写真の碑

    北面武士

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Commentsこの記事についたコメント

1件のコメント
  • 闘志乱舞

    お国の為に亡くなった英霊に感謝すると共にご冥福をお祈りします。

    2019-03-06 2:25 PM

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