明治維新150年「肥前さが、幕末維新博覧会」

今年は、明治維新150年に当たる。ということで、佐賀市は今、「肥前さが、幕末維新博覧会」を開催している。佐賀城を中心とした市内各地にさまざまな展示物を置いたり、開いたりしている

肥前さが、幕末維新博覧会

肥前さが、幕末維新博覧会

中でも圧巻なのが、「佐賀七賢人」を始めとする明治維新期に活躍した人物の銅像群である。

この銅像群は佐賀駅から南に伸びているメインストリートを中心に左右の歩道に点々と数体ずつ置かれており、散策しながら佐賀の偉人に巡り会うことができる趣向となっている。

銅像の数は35体。佐賀藩の第10代藩主、鍋島直正公を始めとする銅像が、いずれも台座に乗っていないため、人々が同じ目線で銅像を眺めることができるのが楽しい。

佐賀七賢人銅像群

佐賀七賢人銅像群

銅像は政治家ばかりではなく、社会教育家、実業家、建築家、障害児や福祉分野の先駆者など多彩である。

女性も2人選ばれている。もちろん、早稲田大学の創立者である大隈重信公の銅像もあるが、若い侍姿の大隈公であるのが何ともユニークだ。

皆さんも佐賀市に来る機会があったら、一度この銅像群のあるメインストリートを散策してみてはいかがだろうか。

タイムスリップした気分になるかも…

              
北面武士

※佐賀七賢人
鍋島直正(閑叟)
佐賀鍋島藩第十代藩主。開明政策を採用し、天保5年(1834年)に佐賀城下に医学館(好生館)を開設。嘉永3年日本初の実用反射炉を造り上げ鉄製大砲を鋳造した意義は大きい。アームストロング砲から西洋式大砲・鉄砲から蒸気機関や蒸気船までも自藩製造での奇跡の成功を成しえた。

副島種臣
明治2年に参議。明治4年に外務卿。明治25年に内務大臣を歴任。

大木喬任
明治元年に東京府知事。明治4年に初代文部卿。明治6年に参議兼司法卿。明治13年に元老院議長を歴任。

江藤新平
明治5年に司法卿。明治6年に参議。明治7年、佐賀の乱で敗れ刑死。「維新の十傑」の一人にも挙げられている。

大隈重信
明治3年に参議。明治6年に参議兼大蔵卿。明治15年、下野し立憲改進党結成。同年に東京専門学校(現早稲田大学)を開校。明治21年に外務大臣。明治31年に内閣総理大臣(第1次大隈内閣)。大正3年に二度目の内閣総理大臣(第2次大隈内閣)。

佐野常民
安政2年(1822年)に日本初の蒸気機関車模型を完成させる。明治10年に大給恒らと博愛社を創設。明治13年に大蔵卿。明治20年に博愛社を日本赤十字社と改める。

島義勇
安政3年(1856年)~安政4年に北海道と樺太を探検・調査。明治2年に北海道開拓使主席判官。明治3年に明治天皇の侍従。明治4年に秋田県令。明治7年に佐賀の乱で敗れ刑死。

※プラスワン
枝吉神陽
。副島種臣は実弟。嘉永3年(1850年)明治維新に大きな影響を与えた人材を多数輩出した「義祭同盟」を結成し、尊王運動を展開。水戸の藤田東湖と並び「東西の二傑」と称された。