四川大地震から10年が経過、各地で追悼行事

8万7千人以上の死者・行方不明者を出したシナの四川大地震の発生から10年が経過し、被災地では各地で追悼行事が行われた。

揺れと地滑りで大きな被害が出た北川チャン族自治県。農業発展銀行の北川県支店(前)と宿舎(後)From Wikimedia Commons, the free media repository

揺れと地滑りで大きな被害が出た北川チャン族自治県。農業発展銀行の北川県支店(前)と宿舎(後)From Wikimedia Commons, the free media repository

独裁者の習近平主席は、「シナ共産党の確固たる指導により、四川大地震の復興事業は世界が注目する成果を収めた」と自画自賛した。

だが、地震の被災地は依然とした大きな爪跡が残された地域もまだ残っている

震源地から20キロ離れた江堰市では、聚原中学校と新建小学校の校舎が倒壊し、両校合わせて600人の児童・生徒らが犠牲者となった。

周囲の建物には大きな被害が無い中、なぜ両校が倒壊したのか。

当時、住民の間からは、校舎に使用されていた鉄筋があまりにも細く、「手抜き工事ではないか」と批判の声が上がっていた。

シナの習近平政権は、こうした不都合な真実は、すぐに隠蔽または封殺する。

シナの高速鉄道開通直後の事故では、落下した車両ごとシャベルで土砂に埋めようとして批判を受け、元に戻したことがあった。

この両校舎の倒壊現場は、今は跡形もなく整備されて現在は商業施設が建てられている

しかしその施設には入居する店舗はないとか。

それはそうだろう。

なくなった多くの人々の怨念がまだ残っているのだから。

               
北面武士